もう一杯。
「おにいさん、バカルディ」
「…か…かしこまりました」
やっぱりだめだったか。こいつも。
左側を見る。
突っ伏している男。右にもう一人。床に座り込んでいる男は二人。
合計四人。
前述のとおり、私、お酒強いのよねぇ。
家系なのかしら。弟も相当飲むし。翌日に残ったこともない。気を抜くと眠くなるけどね。
アルコールなんて気合でどうにかなるものよ。私の場合は。
しかし四人もかかってくるとは思ってなかったわ。
一体人妻と何しようと思ってたのかしら。
でも、そういうのを望んでここに来る奥様方もいるのかもね。
今何時かしら。っと、まだ七時半か。じゃ、大丈夫ね。
相当飲んでたつもりなんだけど、今日はなんだか時の流れが遅いわ。
…そろそろ帰っておくか。カラスさんにばれないうちに。
「ちょっといい?」
ブロンドで厚化粧、露出過度の女。これは…売春婦ね。
一体私に何の用かしらん。
「ええ。少しなら」
女は横に突っ伏している男を押しのけて、カウンターに座った。
「あなたがカラス元帥の奥さんね」
「ええ。それが何か?」
その通り。あの人の妻ですが、何か? 何か用事でもあって?
『あの夜は…よかったわv』な~んて、馬鹿げた当て付けでもする?
「べっつにぃ~」
「お客様、」
バーテンダーが女を睨み付ける。女は恨めしそうにバーテンダーを見た。
面白そうじゃん。
「別によろしくってよ。ところで貴方は?」
最上級スマイル発動。
ふふ。この人、可愛いわね。ブロンドと黒目勝ちな目がきょろきょろしちゃって。
「主人の愛人?」
しれっとした顔で聞いてみる。女は手をつけたカクテルを壮大に噴出した。
ん? そこのバーテンダー! 何でそんなに笑いを堪える必要があるのかしら?
「…そんなに睨まないで下さいよ」
睨んでないわよ。ったく、急に表情豊かになりやがって。
「…主人だったら絶対そんな台詞吐かないわね」
多分、すごすご引き下がるんだろうな、あの人は。
隣の女はジトーっとこっちを見てる。何? 一体、何?
「あ~あ、あたし、やんなっちゃう。ラブラブ夫婦のそれぞれから、惚気聞かされるんだからさ」
? 何のこと?
「三週間前、元帥殿がこちらにお見えになったんです」
バーテンダー、お前、なにしゃしゃり出てるんですかぁ?
「その時、こちらの方が元帥殿を……誘いまして、で、」
「で?」
やっちゃったってわけ?
「あっさり断られたんです」
「もー。その話は止めて! 結構これでもショックだったのよ」
いきなり女は叫んだ。
「だってさぁ、新婚男が一人でこんなとこ来たら、誘うじゃん。職業柄。おおっと、これは、奥さんと上手くいってないのかしらん、とかさあ…あ゛ー。思い出してむかついてきた」
聞いてる私の眉間に皺が寄っているのが分かる。
「ぶすっとしてるから、『その眉間の皺、どうにかしたら? 色男さん。それとも、あたしがどうにかしてあげよっか』とかって、誘ってみたらさあ、あいつ、なんて言ったと思う?」
「なんて言ったんですの?」
バーテンダーはずっと笑っている。
「ああ、もう嫌。なんか”カラス夫人”のそういう顔見るの、嫌」
あ、ちょっと! 中途半端なところで話し区切って店出てくのは反則技だって。
ああ、行っちゃった。最っ低~…。
「聞きたいですか?」
バーテンダー、教えろ、教えろよ。なにニヤニヤしてんだよっ。こっちは切実なんだそぉ!
「『アカエだったら絶対そんな台詞は言わない』だそうですよ」