晩御飯済んで、お皿片付けて、旦那は…よし。いない。
「グレイ、ちょっと聞きたいんだけど…昼間のあの役人が言ってた…」
「旦那様に直接お聞きになってください」
いつもはゆっくりした話し振りなのに、いやにピシャリと言うじゃないの。
「でも…」
「聞きづらいのは承知の上。ですがお二人はなんと言ってもご夫婦。話し合いが必要なのではないですか?」
そりゃそうだけどさあ…だって…ねえ?
「ほら。旦那様もお見えですし」
げっ。出た。カラスさん。
「考えておきます。…あなた…私、先にお風呂入らせてもらいますわ」
「ん」
聞けるわけないじゃん。そもそも仮面夫婦なんだし。話し合いっていったってさぁ。現に今だって『ん』で返事おしまいだし。
やめやめ。お風呂にしよ。湯気の立つ湯船。これっ。これよこれ。
「ふう…」
やっぱお風呂はいいわねぇ。お風呂は。これだけは欠かせないわ。
でも、これって一般大衆から見れば、結構な贅沢なわけで、そう考えるとちょっと複雑。
でもいいわよね。ちょっとぐらい。
あったまったし。後は体拭いて服着て…一杯飲んでから寝る。そうよ。これよ。
もうここんとこ毎晩晩酌。飲まなきゃやってられないって。こんな無言生活。
…って、だめじゃん。このまま行くとずるずると…よし。今日から止める。止めるわ。やめるったらやめる。
そのまま二階へゴーよ。ゴー!
こんこんこんこん
いつもよりも早足で、階段を駆け上がる。
ばふっ。
またお休みの挨拶忘れちゃったわ。ま、いっか。
さて、寝るとしようか…。
…困ったわね。全然眠くないわよ。そうか。アルコールが回ってないから…。
でも今からまた下に行くのも癪だしぃ。
ん~…。
ギキィ…
あ、旦那かしらん。
しかしあんなに体大きいのに、何でこんなに静かに歩けるのかしら。
「お休み」
「おやすみなさい」
背中合わせで就寝。もう慣れっこ。
…聞くなら今しかない。
「あなた」
どうしよう。ええい。悩むな。頑張れ私。
「ちょっと小耳にはさんだのですけど、あなたの生まれがどうのこうのって話」
ちょっと、何か言いなさいよ。微動だにしないっていうのは、ないと思ったのに。
「何か…あったのですか?」
気になって気になって気になって気になって気になって…
「まだ起きていられるか?」
「…ええ」
そういうと、旦那は起き上がった。
「見せたいものがある」
旦那が差し出した手を握る私は、旦那につかまって起き上がった。
体格いいと安定するのね。あらっ。ちょっと私がふらついちゃった。
「こっちへ」
もうランプもつけてあるなんて、手際のいいこと。まあ、上着まで羽織らせてくれちゃって。
ぎいい…
ドアを開くと、真っ暗な廊下。もうみんな寝ちゃってるもの。
ちょっと薄気味悪いわね。何か飛び出してきたりとかしないわよね。ね。
相変わらず無言で歩きつづける旦那様。
ランプの光で下から照らし出されてるから、いかつい顔が余計怖い。
でも、あなたが頼りなんだから、絶対に手を離さないでちょうだいよ。
…や、やっぱり手だけじゃ不安。悪いけど腕捕まえさせてね。
一瞬、旦那が強張るのが分かったけど、私はむしろ安心。
この人がいればダイジョブね。