──―――なによ!! あのセクハラ発言!!
ドルが帰ったあと、ずっとこの調子でいらついていた。
枕を投げつけた後、ドルとは反対の方向を見て、再度文法書を読もうとした。
が、結局集中できず、またドルから横槍が入り、いつも通りだらだらしてしまったのだ。
新しくドルが家庭教師になってからはや九日経っているのだが、一体私はドルから何を教えられているのだろうか。
無駄話だけは盛り上がる。
あのメイドは彼氏がいるのかとか。あの召使はメイドのだれそれに惚れてるだとか。
もちろんこの家がからくり屋敷であることも話した。そもそもドルは既に知っていたが。それに弟のことも話した。
「お嬢様、夕食のお時間です」
「今行きマース」
私は、苛立ちながら机の上に散らかした鉛筆やら消しゴムやらをしまい、ダイニングへと降りていった。
ガランとしたダイニング。私の右左に召使が控えている。
十人は座れるテーブルだが、いわゆるお誕生日席に私がいるだけという、実にそっけない食卓だ。
しんと静まり返ったなかに、ナイフとフォークのかすかな音がする。
仏頂面の召使に、水を頂戴、と頼むと、これまた仏頂面のメイドが、気付きませんで申し訳ありませんでした、と即座に持ってきた。
「ご馳走様」
「もうよろしいのですか?」
「ええ、ありがとう」
毎日このぐらいしか食べないのに、いつもご飯は多い。
もったいないな、とは思わないのだろうか。この家に引っ越してから、だんだんそう思うようになった。
また自分の部屋に戻る。
ドアを閉めるとほっとする。
そういえば、ドルは休みの日に何をしているのだろう。
──―――モップで飛び回ってるのかしら。
なわけないか。
まだ彼が家庭教師になって九日。
ドルがここに来る前、私はこういう暇な時間をどうやって潰していたのか…
あ、そうだ!
思い出した。何故忘れていたのだろう。今までは暇な時間でなくてもそうやって過ごしていたではないか。
そう。いたずら。いっぱいいっぱい考えて、家庭教師に試していた。
そもそもここ最近、全くそういうことをしていない。それがおかしかったのだ。
ドルがいるときは、延々と無駄話をしていたし、いないときはいないときでボーっとしてしまった。ドルと箒とモップのことをぐるぐるぐるぐる考えていたり、窓の外の女の子たちを見たり。
んん? おかしいな。
私の中において、ドルの占める割合が大きすぎる気がする。
──―――ま、あいつキャラ濃いし。
そうそう。それだけのことじゃないか。
外はもう真っ暗になっていた。
糸のように細い三日月が丁度私の真正面に来ている。
久々にあくびが出た。今夜はすんなり眠れそうだ。
が、その予想は裏切られた。またしても、ドルによって。
目の前を猛スピードで横切るモップ。赤い髪。そしてその後に続いて何かの物体が飛んでいた。
──―――何? 今の?
目を凝らして見ようとするが、見えない。
ドルの乗ったモップが、さっきよりも少し離れたところを飛んでいる。
今度こそ!
だが、とうとうその夜、後に続く物体を見定めることはできなかった。
そして、結局今夜も眠れそうになかった。
ドルに明日聞いてみよう。答えてくれるかどうかは分からないけれど。
そうか。ここ最近いたずらをしていない理由、やっと分かった。
もっと面白いものがあるからだ。
箒、モップ、そして、ドル。