宴会開始から五時間。
月と星は薄曇りのすき間から結界の中にあるこのベータ宅にも光を入れていたが、そんなもの目じゃないくらい、料理人たちの手元の明かりが煌びやか。
調理場の緑や紫の炎、小競り合いのオレンジの焔、黄色の煙。黄金色にはぜる蟻の体。
想定していたよりも、魔王およびその家族は酔っぱらっている。
ベータの体力は維持できているのだろうか。
チラチラ様子を見ると何とかなっているようには見える。もしかして自分で自分に回復魔法とかかけているのかもしれない。
その横をちょろちょろしながら給仕にいそしむが、家の中に入るたびに美魔女様その他御兄弟には確実にチラ見され、笑顔を向けられるようになった。
気味が悪い。が、そんな顔も出来ず、引きつっているかもしれない笑顔を返すフォニー。
知らない素振りで外に出る。
外では王宮魔法師とゴーゴルがなんか喋っていて。
デミタスは小競り合いに駆り出されて足が二本切断されたが、その足が切断した相手に巻き付いて締め上げていた。
マルタンは増えたタンカで増えた負傷者を運び出している。
多分最初に参加していた人の半分くらいになっているのではなかろうか。
しかし自爆の多いこと。
豚のシェフは肉弾戦を肉で全てボヨンと受け止めているが、顔の青タンは致し方なしだ。
豚が虎のところに何か言いに行っている。生贄が自ら出向いている姿に見えて仕方ないが、考えないことにした。
蛇のキメラは三つある頭のうち、一つで豚から手渡された火を散らしながら肉を焼いている串をさらに盛り付け、香辛料二種類を残り二つの頭で振りかけていた。
人間のシェフがそこにソースをかけて仕上げ。人間界・魔界の合作が出来ていた。
ここに参加した人間は記憶を消される運命。シェフもその例外ではない。
魔界の知恵が悪用される可能性があるためだ。
だから、この協力体制は今日限り。
魔族は覚えているが、人間より寿命が長いことが多いのでどこか記憶のかなたに行ってしまう。
サキュバスは比較的人間に近いが、それでも寿命はおおむね倍。
そこからすると、『ベス』と魔王が過ごした一年は、人間『ベス』にとっても短めかもしれないが、魔王からしたらほんの数日の感覚かもしれない。
執着するのはわかるが、その成れの果てがこのバトルフィールド? 遊技場? な裏舞台。
下手な花火より料理と小競り合いの炎が綺麗なので猶更可笑しい。
部屋に入ると、流石に料理が減らなくなってきて、皿数が減ってきた。
軽いおつまみのようなものが並び、一部肉料理などが出ている。
さっき蛇が作っていたので肉は最後と聞いている。
泣き上戸モードに入りかけては、ベータらがなだめて何とかしているようだが、実はあの後二回あった。
さらに、裏口のドアを酔っぱらってふらつきながら惰性で魔王が閉じてしまうのも三回。
フォニーが気づいてつっかえ棒をしたのだが、半分無意識にそのつっかえ棒をはずしていた。
すぐに戻したが、戻したのにも気づかなかった。
ゴーゴルが、
『おまえ、思いのほかよく働くじゃないか』
『ここにくるときにベータに「働いてマンドラゴラ一〇〇の瓶の分返せ」って脅されてんのよ』
というか、その前提条件で不貞腐れるなど、魔王の前で出来るわけがないではないか。
ゴーゴルはニヤリとし、
『そうか』
とだけ呟いて消えて行くかと思いきや、王宮魔法師に思い切りしっぽを握りしめられ、飛び上がっていた。
そのまま王宮魔法師の虎モフモフタイムに突入。弟子がしきりにゴーゴルに土下座して謝罪している。
その王宮魔法師がふらついているので、虎がついていっている。
魔族と人間の境目はあるのだろうか。
下の者は小競り合いを繰り返しているのは案外『あいつ嫌い!』で直情傾向になるのが知性に劣る下位魔族vs頭悪い人間の構図なのかもしれない。
じゃなきゃ天界・魔界・人間界で話し合いして上がイベント実行を決めて行っているこんな宴会、成立するはずもなし。
しかし残念過ぎる。人間の若い男がこんなにうようよしているのに、性欲が一ミリも出ていない。
操られているわけだから当然ではあるが、実はちょっとだけ残滓にありつき補給が叶うのではと虫のいいことを考えたりしていた。
残念至極。
そんな中、宴会はあとどのくらい続くかというと、明け方までだ。
そこは事前に聞いていた。
—————こんなグダグダっぽくなってきてんのに、まだあと四時間あんの?
酒場の酔いつぶれはフォニーのいい餌になる可能性があるが、あの人たちは絶対そうならない。
裏方にいる面々も怪我はするだろうけど、精力・性欲、フォニーの食料はない。
先ほど倒れた時の栄養ドリンク三本だけ。酒は飲めるが嫌いなフォニー。
水も飲まないので、実はだいぶ前に飲み干したあの栄養ドリンクの臭みが未だに口の中に残り続けていた。
水がないかとウロウロしていると、荷馬車の横。ワインやラム酒が色々ならんでいる。
その向こうには既に三台分の空き瓶だけの荷馬車。これでもすでに何台かは外に運び出されているのだが。
壮絶な飲み会の状況がありありと語られていた。
水は王宮魔法師の弟子の魔法使いが無尽蔵に出しているのだが、その弟子が見つからない。
どこにいるのか探していたら、厨房の端っこで疲れ切っているようだった。
フォニーは閃いた。
そういえば、魔法使いにはこのイベント後も記憶が残るのだと言っていた。
ということは、フツーに性欲もあるのでは。フォニーの餌——それも良質の魔力たっぷりの——に出来るのでは。
邪な心を持ったまましゃがみこんでうなだれている弟子に近づく。
「お疲れv」
いままで掛けたどんなお疲れ様よりも上がり調子に声を掛けるが、弟子の男からは何も出ていない。
顔を上げる気配すらない。
「あんたさあ」
ムカついて頭をつついたが、
「あああ! 消えた!」
フォニーはたじろいだ。
「お前何して」
「アンタこそ何してんの」
フォニーの顔をじっと見た弟子は、
「お師匠さまがどこかに行ってしまわれたのだ。場所の探知をしていたが」
「え? さっきあっちで虎のゴーゴルのこと、モフモフ撫でまわしてたわよ?」
「ほんとか!」
「あ、ちょっと!」
スタスタと歩いてしまう弟子。精力は手に入らなくても、水は飲みたい。
追いかけると、王宮魔法師はゴーゴルとは離れて何かを探しているようにきょろきょろしている。
弟子はそこを目掛けて走っていった。間に合わないまま、二人して箒にまたがり、結界の端に移動していった。
ゴーゴルは仕事に戻ったのだろうか。まあどちらでもいい。
と、振り返ると、見覚えのある虎柄が入った人に化けたゴーゴルが、こそっと荷馬車の影から現れた。
「アンタ、何やってんの?」
さっき弟子に掛けた言葉と同じ言葉を、魔界の重鎮の一人に向ける。
「あの女…いなくなったか?」
「え? 弟子に連れてかれたわよ」
あからさまにほっとした顔である。
「…何があったの?」
ジッとゴーゴルは黙りこくっている。
「何もなかった」
立ち上がってそのまま、虎に戻らずに裏舞台の小競り合いに戻っていくゴーゴル。
—————何があったんだよおい。
気になり過ぎ、水を飲むつもりだったのがどこかに飛んで行ってしまうフォニーだった。