ドラッグストアへようこそ 47

 参加者全員、胃の中でアルコールに火をともして燃やしているのか?
 そうでもないと説明がつかない速度で酒が消えている。
 会話云々という感じではないまま、前菜が消え、スープが消え、サラダが消え、今はメインディッシュが並んで。
 真緑や深紫の魔界らしい食材の数々に、シェフ——魔界のトップシェフをそろえている——の心意気が詰まっているはずなのだが、料理の消え方は完全に場末の居酒屋と同じ。
 食卓にはまったりとした空気が流れ、確かに家族なのだろうと思えるのだが。
 一歩裏庭から外に出ると、もはや戦場のような様相となっていた。
 それもそのはずで、実は標準の五倍の量が用意されていた料理が次々と一同の胃袋に消え去っていっているから。
 魔王は酒をグイグイしているだけだが、ベータ以外の残り三名は食道楽らしく、飲み物と同じように食い物がなくなっていた。
 魔王以外の家族は例年と同じ処遇なので、予想の範囲内であるとのこと。
 それでも、普段大宴会でもないと消えない量の料理がサクサクっと…。
 床に酒瓶が散らばらないように飲み干したワインの箱を順次屋外に吐き出していくフォニ―だが、もう移動の手がまにあわないケースがあるのでバケツリレー方式に切り替わっていた。
 裏庭から数歩出たところに待機している国軍の兵士は魔法が掛けられているせいか割り切りが速いらしく、今や無心にワインボトルと箱と料理の補給を行う機械のようだ。
 フォニーは兵士ほどは割り切れず、邪心もあった。というか、身に覚えがあった。
—————マンドラゴラ一〇〇の瓶割ったのアタシだって、知ってるんかな?
 魔王がそのことを知っていてこの対応なのか? いや、それはどうだろう。
 知らなかったら? いや、それは…。
 半分単純作業になりつつあった給仕作業が、フォニーの堂々巡りを加速させた。
「しかし、いいね、給仕いると」
「そうね」
「快く飲める」
 今までいなかったんか~い、と突っ込む余力のないフォニーは、じゃあどうやってこの皿とか片付けてたんだろうと気になりながら手を動かした。
 ワインボトルとか、皿とか、溜まっていくこれらをどう処していたのか。魔法で滅した? ありえる。
 自分で考えた冗談に笑えないくらいに余裕のないフォニーは、その脇にちょこっと座ってちびちびワインを傾けているベータを横目で眺めた。
—————ベータは今、どんな気持ち?
 他の面々も実のところ同じだ。
 魔王はともかく、兄姉からしたら、ベータはほとんど知らん奴。
 穏やかな空気は、もしかするとベータが自分たちを殺せるだけの力を持たないからかもしれない。
 寝首をかきようもない無力な人間という生き物に、安堵しきっているからこその宴席。
 悲しいが、ベータ自身もそれを自覚しているのだろう。おとなしい。
 それと同時に、
—————あいつ、酒飲めたんだ。
 この家に来てから一度も見たことのないベータの飲酒風景。ワイングラスの足をもって傾けている辺り、一応マナーらしいマナーは分かるのか。
 いや、他の兄弟ほど酒が飲めないのかもしれない。ちょっとずつじゃないと、あっという間に酔っぱらう者がいるのは世の常である。
 酒場観察でKYにもそんな飲めないボクに酒を煽らせるアカン系を見るが、この場にはそういった者はいない。
 その辺、家族なのかもしれないと感じさせる風景ではある。
 メイン料理に二品目をひとしきり並べたところで、
「食べないと酒で悪酔いするぞ」
 魔王がベータに声をかけている。
「そうなんですね」
「そうだ。少しずつつままないと。人間の体はワシらと違ってひ弱だから」
「お父様と比べちゃ悪いわ」
「そう」
 うんうんと頷く小柄中年。
「そうか?」
「ええ。でもちょっとずつつままないとダメなのはそうね」
「そうだぞ。初めての酒だろう? 慎重にな」
「はい」
—————初めての酒?
 なんだか不思議なキーワード。
 推定四十歳過ぎのベータには似つかわしくない。
 何かの事情があって断酒していたのだろうか。
 しかし初めて広がっている会話もやはり酒の話とは、ブレのない面々だ。
「マンドラゴラ一〇〇がないのは残念だが、これはこれで色々飲めていいな」
 フォニーの体は反射的に凍り付き、皿を持つ手が震える。
 一同はそれを不信にも思っていない様子——そのぐらい大荷物で空いた皿を抱えていたから——で、笑い声を立てた。
 そんなフォニーを横目でチラ見したベータは、その一瞥をだれにも察されていないことを読み取ったのか、そのままワイングラスの端っこにわずかばかり口づけ、ちびりチビリと傾けて減らしていた。
 居心地が悪い、というわけではないだろうが、どうしていいのか本人もよくわかっていないようなベータの様子がなんだか心配になる。
 給仕に一生懸命だったフォニーは、ちょこちょことベータの様子を観察することにした。
 料理は少しつまんでいたが、魔界の刺激的な味のついたものは体が受け付けない様子。
 一応人間向けに作られたつまみのような、野菜や肉を切っただけのものを、ワインと同じように端のほうから少しずつ齧っているのがフォニーの目の端に映る。
 なぜか安堵する自分に不思議になりながら、フォニーはまた酒を入れていく。
 空き箱が向こうのほうに十数箱積みあがっている。
 まだ宴会が始まって、一時間と経過していないのに、だ。
 外で小競り合いなども起きず、穏便に済んでいるのはこの酒の量で全員怖気づいているからかもしれない。
 と、マルタンが歩いてきた。
「様子は?」
「普通に飲み食い中。とんでもない量だけど」
 マルタンは安堵の息を漏らした。
「よかった」
「そんなに気にすること?」
 正直なところ、冒頭の魔王の気さくな様子を目にしていたフォニーからすると、ここまでの準備は明らかな取り越し苦労に見えた。
 そんなフォニーに、マルタンは全力でかぶりを振った。
「酒に酔って癪に触った魔王様から何某かされた結果天界送りになったり、息も絶え絶えになったり…というのは過去日常茶飯事だったのだ。
 ここしばらくそれがないのはベータ様との交流があるから、その時のために控えておられるのだろう」
 魔界的な流刑の最悪の形。天界は魔族にとって息をつくことも厳しい聖なる地。
 見つかったらフルボッコどころか即滅殺される状況に突き飛ばされる、それが天界送りである。
 天界・人間界・魔界の間にはそれぞれ分厚い壁があるが、魔界・天界間が最も分厚く強固。天界送りなどという流刑を酔っぱらって実現できるのは魔王ぐらいであった。
 フォニーには刑を繰り出すあのイケオジの姿の想像がつかない。
 そんな女の耳元に口を近づけたマルタンはさらに息をひそめ、
「マンドラゴラ一〇〇については何か?」
「ないのは残念だけど、これはこれでいいなぁって」
 そうか…と小声を出した後、
「それが明朝まで続けば幸いだ」
 しみじみと頷き、酒の荷馬車のほうへと消えていく。
 マルタンは過去何度も目にしてきたのだろう。分からないフォニーが給仕に採用されたのは、見知っている者がやるとおびえて何もできないからかもしれない。
 フォニーには、あの量の液体をじゃんじゃん飲んでいって一度もトイレに行っていないあの面々は大丈夫なのか? という平常運転の心配と、ベータの様子への心配だけ。
—————あれ? ベータの心配、する必要あるのか?
 またそれが出てくる。ここ最近いつもだ。
 メイン三皿目を届けようと皿を持っていき、テーブルに置くその時、
「でもさ、ベータがようやくだよ。人間界の法律とやらは面倒だわね」
 美魔女の言に、うんうん、とまた小柄な中年は頷いている。
 魔王はニンマリとした。
「そうだな、もう十八歳とはな」
「十八歳!!!?????」
 一同が叫んだフォニーのほうを凝視したのは、言うまでもなかった。