—————この顔、図星とみた。
言うことを考えあぐねている様子だったベータだが、
「ああ。ある」
フォニーは『勝った!』と思った。
ただ、だとすると、
「この穴のこと、スミスもマルタンも、国軍の伝令の人も知ってるってこと?」
「スミスとマルタンは知っている。伝令は知らない」
「へぇ」
「誰にも言うなよ」
「言わないわよ。得しないし」
だってあの穴を拡張したり、掛かっている術やら仕掛けやらを取っ払ったらフォニーが格安で魔界に戻る手段になるかもしれないのだから。
みすみす誰かに口外して穴を完全に塞がれては困る。
そんなフォニーをじっと見つめるベータ——もうこの落書きみたいな目をこちらに向けられることを『見つめる』と言い表すことに何ら違和感がなくなってしまっているのが悲しい——は、しばらくすると軽く頷いた。
で、そのまま荷づくりに戻っていった。
全部仕舞いきった後は前と同様の孤児院への道のり。
無言で飛行するのも同じ道筋。昼間の光が照らすだけだ。
他事を考えないと考えが筒抜けだとわかっているから、今回は景色に集中しようとした。
が、どうしても、ベータの後ろにしがみつくと、
—————前よりだいぶ匂いましになったじゃんか。
は考えてしまう。褒めているわけだから、相手にばれてもOKだろう。うん。
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孤児院内に色々と荷物を下ろし、二回目だからクレアの受け入れもすんなり進み、魔族のおねえさんとして相手をしだすフォニーは、チラリと向こうのベータの姿を見やった。
子どもたちとわちゃわちゃするのも二回目で。慣れた。前回より人数が少ない気すらする。
「ちょっと、またしっぽ引っ張らないの!」
「前もやったから今回もやりたい」
「前やってないから今回はやりたい」
みんな子ども。慣れたが。
休憩、ベータの柵修理作業手伝い。そして帰宅準備。
ベータが何か片付けしていて、クレアも何か片付けしていて。
ベータが箱を持って出て行ってちょっとしてから、クレアが空の箱を持って部屋に入ってきた。荷物は来た時に渡し終わっていたはずだったので、なるほど~と思ったフォニーはさらっと、
「それ、ベータからのお土産ですか?」
クレアは振り返った。
「いいえ? いつも持ってきてくれてるやつだけど、何故? お土産?」
「ええ。私もらったから」
言った瞬間、クレアは空の箱を取り落した。
木箱は何とかバウンドするにとどまり、壊れはしなかった。箱は。
「ベータカラオミヤゲモラツタ??」
「クレアさん!? 半角カナになってますよ!」
「ああ、あ、御免なさい、ちょっと驚いてしまって…」
「外出していたことは?」
「ええ、知ってるわ。毎回わざわざ事前に伝えに来てくれるもの。今回も聞いていたのだけど」
「じゃあ、お土産」
「そんなもの過去一度も受け取ったことはない。いつも、いつも通り、支援物資だけよ。
何貰ったの?」
「花のポプリです。部屋に掛けとくやつ…」
クレアはよろよろと椅子の背もたれを掴んで体を支え、ゆっくりと腰かけた。
「まって、もう一回いい? 持ってきたのは誰で、持ってきたのは何?」
「ベータです。土産だって言って、花のポプリを」
クレアの肩はその呼吸に合わせて大きく上下している。
声をかけてはいけない雰囲気が醸しだされ、クレアの顔がようやくフォニーのほうを向いた時に同時に飛び出したのは、
「今ね、私、この窓を開け放って『そんな馬鹿なーーーー!!!!!!!』って、叫びたい気持ち」
「そんなに?」
冷静な顔を無理やり装いながらクレアは、
「だって…だってあの人の人生のどこで、付け届けなんて…つけとど…け…え……ェ?」
巻いたネジが終わりに向かうオルゴールのようにゆっくりと言葉を止めたクレアは、ジッとフォニーを見つめた。
そして、うつむき、決意したように深~く頷くと、フォニーにキッと睨みつけるような視線を投げかけながら、
「あきらめなさい」
「何を?」
クレアは歯を食いしばって、泣きそうな顔になりながら、
「大事なことだから、もう一回言うわね。諦めが肝心!」
「だから何を!?」
ガチャリ
「どうした」
二人して部屋に舞い戻ったベータの顔を凝視する。
びっくりしただけのフォニーはすぐにクレアに向き直った。
クレアは可哀そうな人を見るのと頭がおかしい人を見るのの中間ぐらいの、なんとも不思議で不安げな顔でベータを睨みつけていた。
「あなた、大丈夫? わかってる?」
「どうしたのだ」
クレアがゆっくり慈悲深い母親のように、
「あのね、物事には順序ってものがあるのは、わかってるみたいだけど、」
ガチャリ
「せんせーー!!」
「授業は? この本やるんでしょ?」
「あ、ああ、そうね」
子どもが手に持っている本には、『赤ちゃんはどこから来るの?』というタイトルが。性教育本らしい。
プロ中のプロであるフォニーとしては、内容が気になる。ベータを見ると、タイトルを見て鼻でわらっているようだ。
「何の話か気になるではないか。途中でやめるのはないだろう」
クレアはそれもそうだけど、という表情で子どもとベータの間で視線を行ったり来たりさせている。
フォニーは助け船を出すことにした。子ども二人のほうを向いて、
「中身気になるよね。院長先生はわかってるみたいだから、わからないみんなの勉強が先、でしょ?」
大人二人のほうを向くと、クレアが申し訳なさそうな顔を一瞬見せた後、
「じゃあ、みんな行きましょうか。
続きは、また今度で」
バタンとドアを閉めた。
部屋に二人残されたベータとフォニー。
「何なのだ一体」
「さあ。でもさ、アンタ鼻で笑ってたけど、わかってんの? あの本に何書いてあるか」
人間の大人があんなことやこんなことして子どもができる話だぞ。
「もちろんだ。初めての共同作業というやつだろう」
飲み物を飲んでいたら吹き出してしまうところだった。
「初めてじゃないこともあるわよ」
うん? という顔をしながら、ベータは荷物を入れてきた袋の中のどこからともなく、紙とペンを取り出した。
何か描いている。人の頭と、肩のような稜線が引かれている。
「え、ちょっと、ここでそれ、図解すんの??」
もうベータの耳には入っていないようだった。
ベータの描いた線は、紙の左半分に呪いかと見まごうようなへたくそな木偶人形の姿になり。
それは明らかに、両腕を上げた状態で地面を向いてしゃがんでいた。
—————うん??