ドラッグストアへようこそ 24

 ぶすりとしたベータはそのまま、
「男、なんだな」
「だから何」
 ひたすら不思議なものを見るようにベータを見つめるしかないフォニーだが、ベータはダイニングテーブルの上に広がる戦利品と思しき草の束たちに手を触れることもなしに、
「主の留守中に男を連れ込むとはいい度胸だな」
「連れ込んだんじゃないから。向こうから勝手に来たんだって。それに」
「口答えするな」
「するわよ、事実とちが」
「違わないだろう。自分ひとりになったところでやってきた男を家に上げたわけだろう。え?」
「あのね、家の前で勝手に行き倒れかかってたんだからしょうがないでしょ」
「介抱までしたのか!」
—————なんでこんなとこ深掘りして突っ込まれにゃらなんの?
 フォニーとしては、えエエぇー…?? である。
 謎過ぎる。何故急にこんな。
 しかも、行き倒れた生き物を助けるなんて、ベータ自身がよくやっているらしい行動。むしろ褒められるかと思っていたぐらいで、内心『たまにはねフフん』とかドヤ顔したい気持ちすらあった。
 それが、何故に?
 ベータは栄養ドリンクの空き瓶の本数を数えている。瓶の形でわかるらしく、
「魔族用のと人間のが1本ずつ。おまえ、男は一人じゃないんだな!」
「そーよ。二人して…」
 ベータの顔色が土気色から赤黒くなっている。
—————ダイジョブなの? コレ…。
 と、普段近くによる気配など全く見せないベータがフォニーにずかずかと近づき、顔を思い切り近づけ、唾が飛びそうな勢いでまくし立てた。
「留守中にそんなもの呼び込んで、いかがわしい一週間を過ごしたわけか。
 だからそんなつやつやした顔になっているんだろう。男の精力はさぞだろうな。
 魔族はなんだ? 知り合いか?
 留守番を頼むと言っていたが、好き勝手していいわけではなかったのだ。
 家の前で行き倒れなど、男が使いそうな手だ。どうせ」
 そのまま延々と何かまくしたてているが、フォニーはカッとなるよりむしろ、そのタイミングを失って呆然としてしまった。
 何をそんなに怒っているのかわからないが、兎に角ベータは怒っていた。
 ただ、フォニーにもようやく察せられたのは、『子どものころからの経験上、こーゆーときに言い訳すると逆効果!』というまさにその場面が訪れていることだ。
 体力がなくなるまでまくしたてさせよう。
 すでにところどころベータは呂律が回っておらず、何を言っているのかよくわからない状態。
 あと一息だ。
 ベータが息絶え絶えになり、机に手をつき、椅子に座り込んだ。
 なんとなく哀れになったフォニーは、瓶に汲み置きした水をコップに注いで差し出す。
 と、ベータはフォニーの手と顔を睨みつけ、一気に飲み干した。
 ゼェハァ言いながら、ベータはじっとうつむいたまま。
 よし、そろそろ頃合いか。
「スミスって名乗る天使のおじいちゃんと、マルタンて名乗る魔族のおじいちゃんが来てね」
 ベータはチラリと訝し気な目線を向けており。
 フォニーはため息をついた。
「二人してマンドラゴラ一〇〇の話をしたいってことで」
 家の前でケンカをし、スミスがケンカの後始末を付け、二人してドアの前で倒れこんだ後、フォニーが薬を飲ませたことなどどこ吹く風でフォニーを尋問して偽名を名乗って帰っていったことをありのまま喋ると、ベータは眉間にしわを寄せ、
「そうか…」
「あのさ、アタシ超まくしたてられたんだけど」
 まだベータは訝し気である。
「であれば、急に嫌に元気になっているではないか」
 ボソリと呟くので、
「国軍の伝令とかいうのが来たのよ。その二日後に。
 軍人の男で、同じくマンドラゴラ一〇〇の件だって言って。
 欲求不満臭かったんで有難くその場で頂いたの」
 ベータは引っ込めていた怒りをまた持ち出して舌打ちし、
「やはり男ではないか」
「連れ込んだわけじゃないし、来た獲物で食事して何が悪いのよ!」
「栄養ドリンクで何とかなっていただろう」
 ぶちぶちを文句を言い始めるのを見ていて、次第にフォニーにも苛立ちが湧き上がってきた。
「あのねぇ、あれじゃ最低限なの! アタシには足りてないの!」
 バンッとテーブルを勢い良くたたいたフォニーは、
「アタシが獲物に飢えてたのは知ってんでしょ?
 そうよ。全然食べれてないわよ。狩るのが下手なの。わかってるわよ。
 だから飛んで火にいる夏の虫よろしく極上の獲物が目の前にちらついたら速攻でしょ。ね? そうでしょ。
 そうでもしないと体力も戻らない。戻ったところで、魔界には戻れないけどさ!」
 自分で口にしていて泣きそうになる。
 その通りだ。
 ヘマをして目の前のベータに摑まってしまっていて、今回はラッキーで獲物を捕まえることができたものの魔界の通行証を何とかする手立ては見つかっていない。
 鬱憤をフォニーにぶつけていたベータは今、目の前でなぜかしょげている。
 しゅんとしているのを見たら怒りは急速にしぼんでいき、
「もう。いいわよ。いいから。悪かったわよ。まくしたて過ぎたわ。
 でも早とちりはやめて。全員アンタ宛ての来客だからね」
「…わかった」
 わかってなさそうに呟いているのがお説教された子どものようで。
 今更ながら、ベータの歳は知らないことに気が付いた。聞いてみる気もないが。
「しっかしさぁ、マンドラゴラ一〇〇って何なのマジで」
 魔族・天使・国の伝令がやってくるような話って?
 頬杖をついて椅子に腰かけ、足をぶらぶらさせながら言い放つも、ベータはだんまり。
 まあ、そうなのだろう。答えを期待はすまい。
「いつか、話せるときは来る?」
 フォニーは真面目な顔でベータを見つめると、ベータは面を上げて、呆然としたような顔をしたまま呟いた。
「ゥん」
「ってなんだよそれ」
「色々、準備できたら、話さざるを得なくなる」
 またすぐにうつむいたベータの頭らへんに向けて、フォニーは立ち上がりながら言い放った。
「じゃ、早いとこ準備してね」
 このまま顔を見ているのも面倒で、片付けの邪魔をしても面倒で、夕食の栄養ドリンクは一応飲んでおくかと思うものの後でいい気がし。
 フォニーは自分の部屋に戻ってドアを閉めた。
 が、すぐに階段を上って来るベータの足音。
 そして。
 コンコンコンッ
 部屋のドアをノックする音だ。
 補足情報を加えてもう一度言おう。
 いまだかつてフォニーに断って部屋に入ったこともなく——倒れている間に勝手に入って掃除されていた——、当然ノックして入ってきたことなぞない男がフォニーの部屋のドアをノックする音だ。
 フォニーは気味が悪くなり、忍び足でドアに近寄った。
 一応鍵をかけている。ひとりでにドアノブのつまみが動き出す気配がないことから、ベータは魔法で鍵をはずそうということもしていなさそう。
—————逆にめっちゃ不安…。
 正攻法でドアを開けてもらおうとするなどという芸当が、ベータにできるとは思っていなかったフォニー。
 おそるおそる、必要最低限ドアの隙間を開けて、
「何?」
 隙間から斜め上のベータの顔を見上げると、ベータはベータで、
「これ…」
 下のほうの隙間から、そっと包みを差し込んできた。
 包みを手に取ると、上から声がする。
「土産」
「は?」
 フォニーが包みから目を離し、再びベータの顔を見上げようとしたときには、既にベータは立ち去っていた。