「持病があるのも知らねぇで…」
「黙ってたからね」
翌日やってきた村長と、伏し目がちなリア。
リアのほうはそのまま何か呟いているような唇の動きで、ジョットは見て見ぬふりをした。
「じゃあ、一緒に行こうか。
みどりちゃん、コビ、シロヒゲ、おいで~」
三人がやってくると、墓地に向かう馬車に乗り込んだ。
昨日ジョットが作った花束のあるそこに向かうと、
「こんなちいせぇ穴…?」
「燃やしたからね」
「えぇ!? 人間燃やすなんて…」
村長の予定通りの反応に、ジョットは予定通り、
「ジーにそうしてくれって頼まれてたから。
出入りの魔法使いに、その時のために魔法陣を組んでもらってね。
綺麗に全部灰になった」
リアは目を見開いたものの、ため息をついて押し黙った。
もしかするとジーから聞いていたのかもしれない。
『持病がある』話はどうだろう。
ジョット自身の嘘まみれの過去と似たり寄ったり嘘で塗り固めたジーの過去は、リアを苦しめるのだろうか。
わかりっこなかった。
リアはウイスキーの包みを出して墓前に瓶ごと備えた。
村長はそっと花束を置き、ユンとデューイも供え物を置いて。
静かに黙祷を捧げる。
誰にも届かないことが分かっていて、この時間をジーに。
—————この中でこの先ジーを思い出す人間が何人いるだろう。
冷たいかもしれないが、『同じ釜の飯を食った仲間』達は時折ジョットの脳裏をかすめるものの、いつもではなかった。
思い出すたびに彼らはジョットを責め立てるものの、思い出さない時間のほうが長かったから。
—————僕自身さえ。
だからこそ、ジョットは安心していた。
ジーが言うようなことにはならないと。
『お前の周りの、お前となんもあるようなないような人たち』なんて誰もいないと。
「じゃあ、行こうか」
馬車に乗って領主館に戻る間もずっと静かだった。
馬車を降りると皆、屋敷の玄関に向かう。
ジーに頼まれたことを実行するのはこのタイミングがいいと、ジョットは前から決めていた。
「リア、ちょっといい?」
リアは無言で振り向き、ジョットはユンに目配せした。
リア以外が先に屋敷のダイニングへと戻っていく。
リアは口を開きかけたが、そのまま何か言う前にジョットが切り出した。
「これ、ジーから、リアにって頼まれた」
リアは、一瞬目に涙をためた。
零れ落ちそうなそれは、ついぞそうなることはなく、そのまま静かにリアの瞳の奥に消えていった。
リアはジョットの目を見て、
「お手数おかけします」
ジョットは首を横に振った。
ジョットの手が差し出したペンをそっとつまみ上げたリアは、それを利き手で包み込んだ。
「行ってください。少ししたら行きます」
リアは笑顔だった。
ジョットは黙って玄関のドアを開け、一人ダイニングへ向かった。
ユンがきょろきょろしているのは、リアを探してのことだろう。
何事もないように黙って着席して紅茶で喉を潤すジョットに、村長は従っていた。
「様子見てきます」
ユンがダイニングを出てからリアの声が少しだけ耳に入った。
何か話しているようだが、こちらに来る気配がない。
少ししてから、パタパタと足音がダイニングへとやってきた。
空いている席に腰かけたリアは、
「お待たせしてすみませんでした」
「いや、」
「そうそう」
村長の深い頷きに安堵したように紅茶を飲みだす。
「ジーのほうがよほど遅刻魔だったし」
思い当ったリアが笑っていた。
「しかし死んだら自分の体を焼いてくれなんてわがまま、コーウィッヂ様に言ってたとは知りませんでした」
「たいしたわがままじゃないよ。
あいつがこの屋敷内でやらかしてきた事の数々の尻ぬぐいと比べたらね」
「へぇ~?」
あきれたように柔和な笑みで、
「まあ、しゃーないわよね」
ほっとしたのは村長だった。
二人の様子からジョットは、ジーがいなくても、ジョットがいなくなっても、きっとこの人たちは長い長い先の人生につながっていくのだろうとしみじみしていた。
デューイがリアの様子を気にしているのを見て、ジーの勘が当たっていそうなのはそうだと思ったが、それはジョットのこととは別の話だ。
取り留めのない話が終わるところで、リアも、村長も、デューイも村に戻っていった。
しめやかに別れを済ませたら、みどりちゃんたち3人は仕事に戻っていく。
ジョットだけが動けずに、空席に二度と座ることのないジーの姿を思い浮かべていた。
—————今ここにジーが居たら、何て呟くだろう。
ダイニングの皆が出て行った入り口は静かになって、そこから3人が仕事をする音が聞こえてくる。
ぼんやりしていたらユンがお茶のお代わりを沸かしてくれた。
無言で差し出されたティーカップ。
「ありがとう」
でも、紅茶を飲む気にはならなかった。
「コーウィッヂ様」
そのことを咎められるのかも知れないと顔を上げると、
「私、見ました」
ユンの目は、そういうことではなさそうだった。
そういうことではなさそうだったけれど、ジョットはそのことに、興味がわかなかった。
すぐに、覆されたが。
「ジーさんの首筋に、入れ墨があるのを」
ジョットは、つい昨日の出来事を猛スピードで回想していた。
『ユンさんに首の入れ墨を見せた』。
『ユンさんはお前に聞くはずだ』。
「それと同じような入れ墨が、コーウィッヂ様の首筋にも、ありますよね?」
—————いつ僕の入れ墨を見たんだ??
ジョットの混乱と戸惑いをよそに、ユンは力強い声音で続けた。
「教えてください。
私には字が読めません。
でも、文字かどうかはわかります」
『お前のことを分かりたいと思う気持ちがあるから、絶対に踏み込んでくるだろう』。
「ジーさんの入れ墨は、最初の1文字だけで、その右側は傷跡でした。
でも、コーウィッヂ様のは何文字かあったと記憶しています」
『お前の周りの人のこと、お前過少評価してる。みんな分かってる』。
「もしかして、ジーさんの入れ墨の右にあった傷は、残りの何文字かを消すためにつけたものなんじゃないですか?」
『大丈夫。ユンさんだけじゃない。お前の周りの、お前となんもあるようなないような人たちが、俺がいなくなってもお前のこときっと一人にしないから』。
「あの入れ墨は何ですか?
ジーさんとコーウィッヂ様に何があったんですか?」