それからというもの、ジーの部屋に様子見——見舞いとは絶対に言いたくなかった——に行くとき、色々な昔話をした。
『庭』で初めて会ったときのこと。
ジーの声が実験の過程で出なくなったこと。
逃げてからのこと。
それからお互いどうしていたのか。
同じデザインのシャツにして、同じように入れ墨を隠すようにしたこと。
言えない話は言えない話として——ジー的にはリアとの話は言えない話になっているようだった。何があったのかは知っているけれど、当事者同士の何かも色々あったのだろう——。
その間少しずつ、通信可能な距離が狭くなっていった。
もう前みたいに部屋の外からつぶやいても、受け取れなくなった。
向こうからたまに、一方的に文字化けたぼやきが来るだけ。
部屋の中では仲がいいとも悪いとも言えない微妙な空気感。
苦々しかったり苛立ったりむかむかしたりしたはずなのに、思い出すと涙が出そうになるような。
そんなのが、もうすぐ終わりなんだろうとわかっているのに、まだ無限に続くような気がする。
ユンからは毎日報告を聞いていた。
「握る力が残っていないようです」
「わかった」
だとすると、もう食事も難しいだろう。
「ユンさん」
「はい」
「…多分だけど、噛む力も弱くなってるんじゃないかと思う。
スープとか、すりつぶしたリンゴとか、食事から固形物を無くしてほしい」
「かしこまりました」
今すぐユンのことを抱きしめたら、少し落ち着くだろうか。
そんな風にユンに甘えることを想像してしまう自分がジョットは嫌いだった。
さらにその日からしばらく日を空けて、リアにはジーのことを伝えた。
『そうですか…分かりました。見舞いには今度伺います』
その言葉通り昨日やってきて、ユンに何か喋っていった。
でもその後しばらくして、
—————『無理』
一方的かつ強い呟きが来た。だから、朝食の時にユンに伝えた。
「今日も…」
「かしこまりました」
もう起き上がることはできないだろう。
そう思いながら、ジーの部屋に向かう。
—————『おい★』
意図しない位置に星が入っていることに、思わず笑った。
部屋に入りながら、
—————『「おい★」になってる』
—————『末期だな』
—————『そうだね。何て言いたかったの?』
—————『おいで』
—————『やだ』
そういいながらベットサイドの椅子に掛ける。
—————『飯、もう無理そう』
—————『動かない?』
—————『喉で飲み込むのが無理。朝飯がかなりきつかった』
—————『ユンさんには伝えとく』
—————『ほんとに未だに「さん」付けなのな。お前は押しが弱いからダメなんだ』
—————『ジーが押し過ぎなんだろ』
—————『俺はちゃんと押し引きして駆け引きして』
—————『多方面にそれやって最後は逃げられる、と』
—————『言わないと伝わらねぇぞ』
—————『分かってる』
—————『いや、わかってない。時間には限りがある』
ジョットは押し黙った。
ジーがチラリと視線をジョットに向ける。
おそらく腕を上げようとしている。
でも、動いていない。
—————『もう動かないんだな』
—————『ばれたか』
ジョットは歯を食いしばり、
—————『なんでそう隠すんだ』
—————『言わなきゃ伝わらねぇから』
ニヤニヤしている。
—————こいつはこういう奴だ。最後まで。
なんでかジョットの後をつけてきて、なんでか居ついて、なんでか消えていく。
—————『ほんとにやばくなったら全力で呟け。僕はいいけど、ユンさんが気にする』
—————『了解』
やっぱりジーはニヤニヤするばかり。
苛立ちまぎれのため息をついて、立ち上がって部屋を出る。
ドアを閉めて。
もう昼前だと思い至り、そのまま調理場へ。
「今日、ジー昼いらないって。
ていうか…もう…」
息が上がった自分の声を聴いて初めて、自分がジーの部屋から出てから全力で駆けてきたことと、その間力を全く使っていなかったことに気づいた。
調理場に誰もいないように思える。
ジョットの言葉を聞いたユンは、そっと手を伸ばし、ジョットの頬に触れた。
びくりとジョットは自信の唇が震えるのを感じ取った。
「ジーさんの部屋でお傍について差し上げては?」
ユンの声はジョットの奥にしみわたるようだった。
踵を返してジーの部屋に戻る。
ドアを開けると、
—————『お早いご帰還で』
—————『悪いか?』
—————『別に~』
ジョットはあと何日か分からない日々を悪態のつき合いで費やす決意を固めた。