そして予想通り翌朝。
「ユンさん、なんかあった?」
朝食時に耳うちすると、ユンは高速でチリカとキシアスを交互に見ながらあっという間にいたたまれない顔になった。
間違いない。
ジョットが予想した通り、チリカがキシアスをおいしく夜食にした証拠に出くわしたのだろう。
「うん…わかった…しかしあいつ相変わらず手が早いわ…。
気にしないで。絶対続かないから。…ほどほどにって言ったけど、うん…。
そういう奴なの。ちなみに僕は射程範囲外だそうだから」
ジーに呼ばれて席を立つ。
チリカと比べて、ハグでどぎまぎしているジョットとユンは。
その日一日、ユンの様子がいつになく真剣だったりハッと左右を見まわしたりしていたので、ジョットも併せて挙動不審になっていたようだ。
「あの様子のヤローには多少の荒療治も必要でしょ」
「弱ってると『取って食われるだけだ』って?」
ジョットからそう言われたチリカは鼻で笑っていた。
ジーとリアは特に何もない。
適度な距離を保った関係。
祭りに行った3人は今日はすっきりした様子で、実際チリカの荒療治が良かったのかもしれないなどと思っていた。
とすると、おかしいままなのはユンだけだ。
時々声をかけるが、ジョット自身、雇い主と従業員の節度を守れているのかわからない。
普段ならここぞとばかりに呟いてくるジーもなぜか面白そうな顔をするだけ。
「もうちょっとだね」
そう声をかけた後部屋に戻り。
そして翌朝。
「お世話になりました」
「こちらこそですよ」
最後の最後に、キシアス、テト、ジェレミーに口止めの目配せ。
「本当に、お世話になりました」
馬車に乗り込んでいく3人を見送る。
これで別館の3人を呼び戻せば元通りだ。
「おつかれさまでした。
あとは気を遣わず、片付けだけですんで」
「あんまり最初から遣ってなかったけどね」
「それ君だけだから」
チリカにチクリと一言すると、リア以外が苦虫を嚙み潰したような変な顔になった。
そのあと昼食を終え、デューイが戻ってきて、リアとデューイとチリカがジーの馬車に乗って帰り。
—————『じゃ、いくか』
—————『ん』
ジーと二人、別館に向かう。
—————『なんか、色々思い出すな』
—————『…そうだねって言った方がいい?』
—————『いや、今更だ』
—————『そういや、ベータさんからなんか連絡あった?』
—————『いや、ない。相変わらず残念なことにね』
—————『そっか…先生が死んだってのが分かった今、唯一の希望になっちまったんだけどな』
ベータにはジョットとジーを生み出した技術の研究をしてもらっていた。
最も大きな問題は、装置の中に埋め込まれている原材料が何なのか全く分からないこと。
手術を受けてからの歳月を考えると、装置が古くなって中の原材料が漏れ出す可能性がある。
肋骨の奥に装置があるジョットとは違い、ジーは装置を髪に隠している頭の右側の表層に取り付けているため、衝撃が加わったとき心配だ。
だからって無理やり取り出すことも出来なかった。
もしかしたら、補填できるような技術があれば何かあっても大丈夫かもしれない。
前に来た時は今回の準備でてんてこ舞いだったから余り話をしていなかったが、この前来た手紙では端的に『新たな手掛かりなし』と明記されていた。
—————『まあ、しゃーない。で、それよりさ』
別館に入ってコビとシロヒゲが寄ってくる。
—————『あれ、とどいた?』
—————『うん。午前中に』
リア経由で手配していたユンへのご褒美だった。
何がいいのかわからないと相談を持ち掛けたジョットに、リアからの提案で髪飾り。
事前にいろいろサンプルを見せてもらったのだが、絞るのがジョットには難しかった。
ジョットは実際センスがおじさんだし、なによりどれもよさそうだった。
—————『部屋にある』
—————『誰の?』
—————『僕の』
—————『なんのマーキングだよwwwww』
面白がるジーが別館の扉を開けると、3人とも飛んできた。
コビとシロヒゲをジョットがまとめて確保。ジーは珪藻土の箱にみどりちゃんを収め。
ピカピカになった別館から、いつもよりすみっこの汚れが目立つ領主館に。
三人に、『お茶だから』と言って、その場で放つと、気になるところだけササッと掃除をしだした。
ジョットがダイニングに入ってくのを見て、気が付いたらしく後から追ってきているのが見える。
—————『リアさん呼んできて』
ジーを追い出すと、調理場に向かう。
ユンはお茶の準備をしだしたところ。
「今日は僕が」
最終日は労ってあげたい。
いたたまれなそうなユンはそのままダイニングの椅子に浅く腰掛け、そわそわしていた。
ユンの声が聞こえる。みんないるようだ。
自らが汲んだお茶とお茶菓子をもって出る。
ユンが来る前はジーがやっていたように。
「みんな、1週間、お疲れ様。よく頑張ってくれたね」
ほっと一息。
みんながテーブルに着く。
コビに足をつつかれることに安堵感を覚えつつ、湯気の向こうのお茶菓子を眺める。
ジーも同じらしい。
ある意味一番緊張していたかもしれない。元カノと1週間同居だったわけで。
そう思っていたらユンとアイコンタクトなど交わしている。
—————『アウト』
—————『セーフwww』
面白がる余力がでているんなら大丈夫かと思うものの、ユンの様子がおかしいことにずっと気を配っていたジョットとしては、変な毒気を放つジーにむかっ腹が立った。
お茶の時間が終わるとますます元の様子に戻っていき。
その日の夕食は久しぶりのユンの手料理。
『ご馳走様』を言い終わるその瞬間までずっと、ジーにはニヤニヤされたが、ジョット自身ニヤついていた気がする。
そのまま部屋に戻って、溜まった仕事を片付けると。
しばらくぶりの夜がやってきた。