「今日で折り返しです。
チリカの料理は、明日の昼・夜は思い切り軽めで」
ジーとチリカと、そしてユン。
ユンを注視しすぎないようにするジョット。
このミッションに全精力を傾けているジョット。
いつもなら何か突っ込んできたっていいのに、今日に限ってジーは無言だ。
メンバーが喋らないもんだから、意識だけはユンにまとわりついていく。
そのままティータイムを終えると、ジョットは足早に書斎へ引っ込んだ。
まとわりついた意識はストーカーのようにユンにそのままからみついているかもしれない。
それで虫よけができればいい。
書類仕事をしながら自分が陰湿な性質なのだと、それがなにか? とすら思ってしまうぐらい陰湿さがしみついているのだと思う。
今日はテトがユンを祭りに連れて行こうとか一切言い出さなかった。
嬉しくてたまらなかった。
—————ユンさんはどうだったかな…
悶々とする。書類に置きかけたペンの動きが止まる。
両手を組んで肘をつき、そこに額を下ろす。
—————どう…だったかな…
ぐずる40代の悩みはドアノックの音で遮断された。
「はい?」
「ユンでございます」
「えっ!?」
自分の不埒な考えが漏れたのかと、ありえない些細な悪夢に青ざめつつドアを開けると、ユンはそこにしれっと佇んでいる。
「別館のみんなの様子を見に行きたいのですが、構いませんか?」
—————何故今?
ジョットは自らの混乱を自覚して目を伏せ、そして決めた。
「いいけど、鍵持たせて一人では行かせられないから僕もついていくよ?」
「はい。構いません」
「…じゃ、行こうか」
鍵束を手に取る。
「今進めていらっしゃったお仕事はいいんですか?」
「いい。ダイジョブ」
できるだけ早く。
ジョット自身以外に誰も来ないように。
—————二人だけで。
不埒な考え以外の何物でもないジョットの動力源は一向に減ることがない。
「言いおきとかは…」
「ユンさん、僕領主だから」
「も、申し訳ありません」
「…ごめん」
「いえ、勝手を言って…」
「大丈夫だから」
しゅんとしてるのもかわいい。
強く言った後にせりあがる罪悪感と多幸感。
別館にたどり着いて呆然とするユンの手を引き、ドアを開けるや引き込む。
『3人が勝手に外に出るといけないから』と、すぐに内側からドアに鍵をかけた。
「書斎の位置だけ違うんだけど、他はほぼ同じにしたんだ」
きょろきょろするユンは、領主館に初めて来たときのようで。
—————僕はもう戻れないよ。
ユンは変わらないように見える。
みどりちゃんとコビとシロヒゲがやってくると、
「お疲れ様です!」
ぱあっとユンの表情が明るくなると、ジョットの胸の奥も照らされたようになる。
「綺麗になっててすごいですね」
みどりちゃんがプルプルしている。
いつもなら相槌で終わるのに、なぜか止めない。
ユンは気を使ってしゃべり続けた。
「私は、忙しいですけど、」
みどりちゃんはピタリと止まった。
「バタバタしてますけど、何とかなってます。ちょっと、疲れっ…のはそうですけど、」
ユンの肩が小刻みに震える。
ジョットは自分の血の気がさぁっと引いていくのを感じた。
「つ、つか…れ……っ……た……あ、え?」
ぼろぼろと大粒の涙を流しながら、吃驚した様子で手を顔に当てて零れ落ちたそれを拭いて取っている。
「ユンさん!?」
肩を掴んでユンの正面を無理やり自分のほうに向けたジョットは、その顔を覗き込んだ。
昨日の夜澄み切っていた瞳は涙でいっぱいになって滲んでいる。
目元は赤くはれており、鼻水が出そうなのも分かった。
「ずびばぜん」
ジョットはとりあえずハンカチを手渡し、ユンの肩から手を離した。
—————どうして?
『国の役人の視察がくるって話が』『もしかして、その、魔法使いの、ですか?』『あっちの建物は?』『今日は何かなぁ~』『調査と慰安なんて組み合わせするの、アリなんでしょうか』『疲れてるのはわかってる』。
『明後日からは、再度フルスロットルお願いします』。
自分の周りで飛び交っていた言葉と、自分がユンに掛けた言葉を思い出したジョットは悟った。
ユンに近づき、
「ごめん」
その肩に額を載せる。
動きを止めたその体に両腕を回し、
「僕が悪かった」
抱きしめると思いのほか細い。
「疲れたよね。
そうだよね。
だって一番全部やったことないことやってくれてたもんね。
寝る時間も遅くなってるし、そもそもここにきてまだ半年にもなってないのに」
言葉に出すにつれますますもろさを感じ、ますます腕に力が入った。
「ユンさんに頼り過ぎだった。
言い出さない人なのわかってて…そのうえで僕が甘えていた」
気づいて、腕を緩めて離れる。
少しだけ『力』が出ていたかもしれない。
痛かったかもしれない。
ユンの涙は止まったようだったけれど、くしゃくしゃのまま半開きの唇を閉じもせずにジョットを見ている。
不安げな子供のような。
昨晩のキシアスの時、ジョットはなんとも思わなかった。容赦なく追撃すら出せた。
でもユンがこんな風になるとどうしていいのか分からなくなって、ジョットの頭の中もどんどんくしゃくしゃになっていきそうだ。
「本当はこれで、今日は休んでいいよって言えたらいい上司なんだろうけど、それはできないんだ。
もうちょっとだけ、よろしくお願いします」