『貰ったからには使わないと』の根性で翌朝。
さらに翌朝。
翌々朝。
そうこうしているうちに1か月。
日にちだけは過ぎていくのにコーウィッヂもジーも特に無反応なので、結局このリボンは何だったんだ?
それはそれとして清掃3名が戻ったため、お祭り前までより断然楽になった。
疎外感を感じることはもうない。
業者とのやりとりを少しずつジーに教えて貰い始め、よく買う商品の単語だけ読めるようになったのは大進歩だろう。
コーウィッヂに字を教えてもらう案もあったが、あんまり時間を取ってもらうのも悪いのと、ちょっとずつにしないと脳みそがパンクしそうなのでやめてもらっている。
このままこんな日がいつまでもいつまでも続いたらいいのにと思う。
でも続かないでいいような気もする。
ハードな仕事のあとの燃えつき症候群だろうか。
忙しかっただけじゃなくて、豊穣祭の刺激の強さが良くないだけだとわかっている気ではいるのだが。
コーウィッヂにすごく大きな秘密があって、もしかするとキシアスとも何かあって。
でも、もうそれはユンが首を突っ込むべきではないし…雇われ人としてやっぱりこれ以上はダメなライン。
コーウィッヂとの夜のお茶はたまにあるけれど、リボンを貰ったときのような雰囲気になることはなく。
そのことがユンをより一層悩ませた。
悩んでいる理由もよくわからないまま、ユンはコーウィッヂの後ろ姿を目で追っている自分に気づきはっとする。
そしてバツが悪くなりそっと視線を逸らす。
これを繰り返していた。
「ちーっす」
「こんちには」
その業者がやってきた。
「珪藻土マットその後どうすか~?」
「壊れもせず大変便利で、ありがとうございます」
「いや~、やっぱ一回使っちゃうと、もうバスマットあれじゃないとだめになるっしょ?」
「ええ、本当にそうですね」
真っ赤な嘘で業者をごまかすと、
「ところで、これ、どうすか?」
やっぱりそうきたか。
目の前にあるのはみどりちゃんの箱に使ったのよりだいぶ小さい、コインくらいのサイズのやつ。
「粉類とか一緒に入れとくと調湿効果がうんぬんかんぬんちんぷんかんぷん」
「いえ、間に合ってますんで」
「でもでもっ! 前のはよかったわけじゃないすか! だから! これも!」
ずずいっと業者は前のめってくるが、ユンも負けじと前のめる。
にらめっこのような様相で、
「不要なんで!」
—————このやりとり、どっかでやった気がするぞ?
そう思ったところで業者が折れた。
「じゃ、また…」
しょげながら荷物を仕舞う。
その後ろからジーがやってきた。
ジーが会釈しながらその業者とすれ違う。
業者の男はよけながら、
「お久しぶりっす…っあ!」
躓いた。
手に持った小さい六角形の塊が滑ってジーのほうに飛んで行く。
カツン
ジーのクリーム色の髪に隠れた右側に当たって落ちた。
「すんません! ダイジョブっすか?」
ジーは業者のほうを振り向かずに頷き、立ち去って行った。
「すんません、じゃ、また!」
バツが悪そうに立ち去って行った業者の代わりに、ユンの後ろからコーウィッヂの声だ。
「ジー、どこにいる?」
「さっき戻ってきて、あっちのほうに」
「わかった!」
—————慌ててる。
いつもジーの居場所なんて聞かれたことがないのだ。
大体いつも予想がついているかんじで、きょろきょろして、その次は「あ、ジー、ちょっと!」みたいな呼び方だった。
居場所の予想がつくほど付き合いが長い関係なんだなぁと思っていたのに。
コーウィッヂの声を聴いてびっくりしたのか、シロヒゲがやってきた。
ぴょこぴょこ跳ねている。
気になるらしい。
「私にもわからないんですよね」
追いかけていいのか迷っているようでくるくるしだした。
廊下の向こうのほうのコビも似たような状態で、ぴょこぴょこして止まって、そのままコーウィッヂを追うわけではなくこちらに向かってくる。
そうこうしているうち、コーウィッヂは奥の部屋に入っていった。
物音や話し声は特に聞こえず。
すぐに出てきて、今度はユンに。
「わるいんだけど、ちょっと出かけるから」
「えっ!?」
急だ。
しかもコーウィッヂが一人で出かけることなんて、これまで一度もなかった。
「ジーが調子悪そうだから。馬車の運転手、手配しないと」
「村まで出るってことですよね?
どうやって行くんですか?」
「僕、馬乗れるから。一人だと目立つし何かあったら困るからやめてただけだよ」
慌て方がおかしいし、話の進展の速さもおかしい。
普段の何かちょっとした変化が起こったくらいでは、即運転手を手配しないといけないほど村に往復する必要はない。
週に1回定期的に行くかどうか、あと、村人のほうから来ることだってある。
常備薬なら全部揃っている。
軽いけがの手当もできる。キシアスの時に証明済みだった。
魔物除けは減ったけれど、来週ベータが来て置いていく手筈なわけだし。
ジー一人ちょっと調子が悪いからって変だ。
「…風邪ですか?」
こわごわと話し出したユンに、
「…だったらよかったんだけどね。
リアさんには…まぁ、とにかく留守番よろしく。
っと、奥の部屋にジーいるから、お水お願い」
コーウィッヂは踵を返してつかつかと出て行った。
胸騒ぎがする。
だって今ってリアの名前が出てくる状況だろうか。
ユンがこんなのを感じたのは一度だけ。
今は亡き祖父がその直前、臥せっていたベッドから起き上がる瞬間、なぜかいつもより小さく見えた時だった。