領主館へようこそ 39

 昨日の今日ということで遅めになった朝食には全員普通に降りてきた。
 キシアスは薬が効いたのか二日酔いはなさそうだったが、無言は変わらず。
 ただ、昨日ユンが感じた疎外感もなかった。
 というのも、ジェレミーとテトはそれなりに話をしていたのだが、キシアスが全体的に無口だったせいで向こうの3人由来の変な空気が流れていたから。
「ユンさん、なんかあった?」
 朝食後にこそっとコーウィッヂに耳打ちされるが、言いにくい。
 しどろもどろになっていると、コーウィッヂは辺りを見回した。
 何かと何かに目を止める。
 即、気づいたらしかった。
 思い切りため息をついている。
「うん…わかった…しかしあいつ相変わらず手が早いわ…」
—————相変わらず…。
「気にしないで。絶対続かないから。…ほどほどにって言ったけど、うん…」
—————続かない…。
「そういう奴なの。
 ちなみに僕は射程範囲外だそうだから」
—————うん…。
 ジーがコーウィッヂの肩をたたく。
「うん、今行く」
 ユンは皿洗いをしながらチリカとキシアスのあまりにユンから遠い世界に想いを馳せた。
 ハグごときでアワアワしているユンとコーウィッヂ。
 でもそのコーウィッヂはあの口ぶりなわけだから、たぶんそういう『おとな』の世界のもよく知っているのだろう。
 そもそもジーなんて浮気の虫で、リアの元彼というなんともはやな関係なわけで、それを受け入れてするりと仕事に移れるのだから、大人…そう、大人だ。
 ユンの周りでこれまでそういう話は召使いトークのおかずとしてしか登場したことがなかった。
 ここまで近距離で生々しいのは初。
 洗濯担当はリアさんだけど…という生々しい実務の課題が浮かび、どうしようと思っていたら、チリカが手すきだからやっといたと声をかけてくれた。
—————ありがとうございます…?
 全くユンとコーウィッヂの延長線上にないチリカとキシアス人間関係は、ユンの仕事の進捗に支障を及ぼさなかった。
 でも、昼過ぎまでユンの様子はおかしかったらしい。
 昨日の今日で気にしてくれているコーウィッヂが声をかけてくれるのだが、思い出したりして余計に挙動不審になったりして、『ちょっと休んで』などと休憩を促されたり。
 そのたびに、
—————あの二人の関係を私とコーウィッヂ様の関係と比べている自分、何???
 湧き上がるこの思いに、沸騰したり冷えたりを繰り返すユン。
 ますます心配するコーウィッヂ。
 そんな二人に面白そうな顔にも俺は知らないという顔にも見えるような視線を向けるジー。
 ほんとーに昨日となんら変わりないチリカ。
 それが徐々に和らいでいき、その日の夜になり。
 お祭り最終日に出かけて行って戻ってきた3人はもう昨日のようなへべれけではなく、あくまでも楽しく息抜きしてきた様子だった。
 よかった。
 よかっ…た?
「もう明日、帰られるんですね」
「ええ、そうですね。
 今回の視察ほど長いと思ったのは初めてですが」
 キシアスがため息をつきながら自室に戻っていく後ろ姿をコーウィッヂが目で追っている。
 ジェレミーとテトはキシアスの様子がこれだからか、前よりも距離が近くなり相談をしあったりしているようだった。
「もうちょっとだね」
 ユンの肩をポンと叩いてくれた手は、この前ユンを抱きしめた時の力強さはなく。
 そのことが残念なのも、疲れているせいだろうか。
 夜、ベッドにもぐりこんだユンは、自分がすぐに眠りにつけたので、疲れているせいだと結論付けた。
 翌朝はやってくる。
 思っていたよりもずっと早い気がする終わりの日。
「お世話になりました」
「こちらこそですよ」
 でも、会話が続かない。
 視察日程の前半ではコーウィッヂとキシアスでキャッチボールが成立していたのに、それが全くできていない。
 代わりに二人は視線を合わせ、瞬きもしなかった。
 たまにコーウィッヂとジーでアイコンタクトをしているだろうことはあるけれど、明らかに違う。
「本当に、お世話になりました」
 一礼の後、3人は馬車に乗り込んだ。
 小さくなる馬車が丘を下り始め、とうとう見えなくなったところで、
「おつかれさまでした。
 あとは気を遣わず、片付けだけですんで」
「あんまり最初から遣ってなかったけどね」
 にやりとしたチリカに、
「それ君だけだから」
 とコーウィッヂ。
 事情を知らないのだろう、リアだけが多少不信な顔になる。
 それを見てユンはほっとした。
 ほっとした自分にちょっと自己嫌悪になった。
 3人がいた部屋の中から荷物は何もない。
 こざっぱりと整った各自の部屋のシーツなどをすべて剥がし、掃除を終えると、元通りの日差しが差し込む空き部屋になった。
 昼食を終え、デューイが戻ってきて、リアとデューイとチリカがジーの馬車に乗って帰り。
 ジーが戻ってきて。
 ジーとコーウィッヂが別館に向かい。
 三人が屋敷に戻ってくる。
 もうすぐ、お茶の時間。
 用意をしようと調理場に向かうと、コーウィッヂが止めた。
「今日は僕が」
 ユンを制して調理場に入っていくコーウィッヂ。
 後を追って調理場をのぞくと、手を振って外に出された。
 どうしようもなく、ダイニングの椅子に一人腰かける。
 予定が変わって開いた時間を、一人座って待つと、一人、また一人とみんながダイニングに入ってきた。
 ユンのそばにコビとシロヒゲが陣取る。
 先日の件を、また心配してくれているのだろう。
 ユンは、いつも自分が用意しているお茶の時間をただ座って待つことなど初めて。
 いつものメンバーなのにいつもと違うのが新鮮。
 全員がそろったところで、コーウィッヂがお茶とお菓子と共に現れた。
「みんな、1週間、お疲れ様。よく頑張ってくれたね」