「では、以前はどのあたりにいらっしゃったので?」
「カロネア地方です。生まれもカロネアでして。
あのあたりもここと似たような感じなものですから、ここに来た時から実家を思い出しましたよ」
当然ユンは聞いたこともないが、コーウィッヂは何か知っているらしかった。
「確か山がちなところで…ああ、地図上でしか知らないので恐縮ですが。
ここと違って国境沿いですよね?」
「そうです。
戦時中は軍の出入りが凄くて物々しかったんですが、今はそうでもないそうです。
な?
ジェレミーは戦後しばらくしてから国境警備でカロネアにいたんですよ」
声をかけられたのは警護担当者。
「向こう側の兵士とちょくちょく与太話するぐらいですから」
無口だと思っていたが、別に喋れないわけではないらしい。
対するコーウィッヂは見知った場所と似ていて落ち着くと言われているわけだから喜んでもいいような気がするが、知らない土地の話だからか微妙な顔つきになっていた。
「…そうなんですね。
皆さんがここで落ち着いて過ごしていただけているなら何よりです。
農産物以外ほぼ何もない小ぢんまりした領ですからね。
でも魔物が出ないのは幸いですよ。
カロネア地方は多いと聞きますから、大変でしたでしょう?」
「それなりに、ですね。大型がぼつぼつ出ますから」
「多いでしょうそれは。
と言っても僕の比較対象のメインはここだからなぁ…」
「それでも場所によっては戦時中にだいぶ改善されたんですよ
私が子供のころは月1でした」
「…改善というと、戦時中に兵士総出で一斉討伐したということですか?」
「いえ、せんせ…ああ、魔法使いなんですが、その方が尽力してくださった結果、かなり減ったんです。
特に戦争末期には小型も含めて本当にほぼ出なくなって。
今はまた大型も含めて幾分か戻っているようですけどね」
ユンにはコーウィッヂは相当話題に興味を持ってきたように見えた。
少し怖いぐらいだ。
が、明るい表情の主担当者にはそれが伝わっていないかもしれないとも思った。
「能力の高い魔法使いの方なんですね。
そんな大量討伐できるなんて」
「いえ、魔力的にはそんなになんですけどね。
魔物の生態や、薬草や、本当に博識な方で。
罠を作ったり、こちらの行動を変えたり、道具を使って討伐したりという一般市民にもできる方法を数々提案・実践してくださったんです。」
「そんなこと可能ですか?」
ユンは自分の表情が変わるのを抑えた。
コーウィッヂの軽く怪しんでいるような返事は、知らないこの主担当者らには単純な返しに見えるだろう。
けれどこれまでここで過ごしてきた時間——夜時々話すようになったせいもあって余計に——ユンにはその熱量の高さがわかってしまう。
—————なんでこんなに興味深々なの?
コーウィッヂが興味を持つ理由がわからない。
みどりちゃんも含め、あんな色んなのを目にしても『やれるようにやろう』みたいな人なのだ。
相手に合わせて出方を変えるなんて、コーウィッヂの十八番と言ってもいい。
この人がここまで真剣に掘り下げる必要は、この話題のどこにあるのだろう。
「『普段火を使ったり話したり物を持ち上げたりするのと同じような力を大きくして、魔力がなくても魔力があるのと似たようなことができたら、そしてうまくその力を魔力や魔道具と組み合わせることができたなら、』」
主担当者には思い出の言葉なのだろう。
コーウィッヂは全く表情を変えなかった。
微動だにしない、まるで人形のような。
「『どれだけの力なき人々が救われることだろう』」
食器とカトラリーのこすれるわずかな音は、相変わらず食事が進んでいくのを突き付けていた。
「先生はその力とやらに『カガク』と名付けていました。
今はそんなものおとぎ話と思っていますが、その研究の副産物として魔物による害を大幅に減らせたわけですから、良かったということでしょう。
お察しかと思いますが…私、小さいころに先生によく構ってもらっていましてね。
子供のころの私は『カガク』というのを信じきっていたから、そのせいでしょう。
そんな先生にあこがれたんですけどね、私には魔力が全然なくて…本当に人並外れてと言っていいほど何もなかった。
どうも特異体質の一種らしいんです。
だから、魔法使いにはなれませんでした。
その結果、故郷で魔物の生態調査を職にしたというわけです」
「その、先生、という方は今は…」
コーウィッヂの表情は冷静そのものだ。
「残念ながら、もう…。
最後にお会いしたのは首都で、確か8年ほど前でしたね。
先生は戦時中にカロネアでの魔物関連の業績が認められて、国の中央に召しあげられていまして。
そこからしばらくお目にかかる機会もなく、次は、という」
「そうでしたか…」
「いや、でも僕としては晩年にお目にかかれただけでよかったと思っているんですよ。
小さいころは知らなかった意外な趣味も垣間見えて、それまでよりも親しみが沸いたくらいですから」
話のトーンが暗くなり過ぎないように、主担当者の気遣いだろう。
「意外な趣味、ですか」
他の二人もユンも完全に置いてけぼりだが、上司二人が喋っているのに口を挟んではいけない。
「どうも人形収集に凝っていたようでして。
枕元と窓際にビスクドールなんかを集めて並べていましたね。
ただ、少し認知が悪くなっていたみたいで、周りが大変そうでした」
ああ、と声を漏らした。
「この辺でも年配の方を世話した人から、そういう話、でますよ」
「仕方がない話ですよね。
先生の場合、人形と子供の区別もちょっと曖昧になっていたみたいで。
世話役の方に連れられて散歩に出るのに付き合った時なんかほんと…。
挨拶してくれた女の子に怒鳴り返したんですよ。
『これは私のビスクドールじゃない!!』って。
いやぁ、参りましたよね。
可愛い子でしたけど、当然泣き出しまして…」
「それはまた…」
「そんなだったから、変な噂話まで出回っちゃって」
「子供を引き取って悪いことをした、とか、そういう奴ですか?
他人のことを勝手に悪し様に言う人の口から出てきがちですが…」
「いや、もっと時と場所にマッチした嫌なネタですよ。
戦時中に魔法を使って怪しげな人体実験をしていた、というね…。
先生はカロネアにいたころもネズミとかの動物はたまに薬剤の効果を試すのに使ったりしていて。
子供のころは怖いなと思いましたし、大丈夫かなと先生の顔を覗き込んで思ったものです。
もちろん今はああいったことはある程度必要なものだと知っています。
戦争は人の心を狂わせるといいますが、先生はその範囲から出ることはなかった…と、僕は、断言できます」
主担当者は言い終わるや、その目線を皿からコーウィッヂにまっすぐ向かわせた。
「噂話は大きくなるものですからね」
柔らかな笑みをこぼすコーウィッヂに、主担当者は安心したようだった。
「全くです。そんな噂話をする人が本当にたくさんいるんで、中央に行くことになってからびっくりしましたよ。
ただ、戦時中はできなかった話だと思うので、平和になったともいえるんですがね」
ユンはどことなくそのコーウィッヂの笑みが、純粋に平和になった世の中を喜ぶ笑みではなく思えた。
夜に昔話を聞いた時にしていた、何かを探っているようなあの目つきとそっくりだからだった。
コーウィッヂはそのままにこやかに話題を変えた。
「こんな食卓、戦時中はあり得ませんでしたしね」
「全くですな」
穏やかな夕食の会話、ほおばりながら嬉しそうな顔でうなづく若手担当者、笑い声。
ユンには違和感だらけだった。
それはみどりちゃん・コビ・シロヒゲ・ジーと囲んだ勤め始めのころの食卓で感じた違和感とは、完全に別次元のものだった。