その話が本当ならコーウィッヂは10歳くらいからあの感じということに。
─────あり得ない。
成長の早い大人びた10歳の男の子が、20歳そこそこの若作りな男性と同じなわけが。
就職当初に考えた案の中だと、人間じゃなくて魔族 かもしれない説が最有力か。
だからって仕事を辞める気はさらさらないユンではあるが。
ケイジさん・スージーさんご夫妻も、
『ほじってもいいけどさ、それ聞いたところで何も変わらないし。
私らだって聞かれたらアレな前科持ちだしねぇ~』
そんなレベルの話だろうかと眉間にしわを寄せてしまいそうなユンをよそに二人して苦笑いし合っていたが、どうやら村人全体がそんな感じらしかった。
実際に今日、村人に会うたびにユンは挨拶プラス自己紹介をしたが、それ以上のことを詮索してくる人は皆無。
初日だからかもしれない、領主館の新たな住人に興味がない、とかいう懸念はリアの説明で解消された。
色々理由は考えられるものの、ありがたいやら拍子抜けするやら。
─────毛嫌いされてないのはいいけど。
だから余計に『こっちから話さないと』と焦った結果もあっての、あの質問なのだが。
雇い主に絡む不謹慎な話題だった、言うんじゃなかったと猛省しつつ、返ってきた内容をどうしていいのか、持て余すユンだった。
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「結局、国からは魔物の探査担当だけが来るっていうので本決まりだそうだ」
豊穣祭まであと一か月を切ったその日、コーウィッヂは領主館で荷物のついでにやってきた村長と向かい合って黙りこくっていた。
「人数は三人。滞在期間は豊穣祭を真ん中にはさんで一週間。
慰安ついでに領主館周りの森の中の生態調査をするってことで、許可が欲しいだそうだ」
「それはいいんだけど…ん~そっか。
みどりちゃん、ドンピシャで来ちゃうね。早めに移ってもらわないと」
階段下の掃除を終えたみどりちゃんは呼ばれて飛び出る。
大丈夫だよ、とコーウィッヂが優しく声掛け&ジェスチャーすると仕事に戻っていった。
「あっちの建物は?」
「そのくらいの日程なら何とか間に合うから大丈夫」
本当に突貫工事だけれど、あの屋敷はもうすぐ形になる。
どうやって人を集めているのか、連日工事の人が入れ代わり立ち代わり。
夕暮れかなり遅くまでなにかしらやっているらしく、いつもよりも眠る前に物音がする。
うっかり領主館内に入ったりしないようジーが周辺の仕事をしがてら監視しているので、この屋敷の中身がばれることもなく作業は進んでいた。
ふもとに泊まり込んだ人たちが朝と夕方列をなして入れ替わるのはなかなか見ものだ。
そしておかげ様でユンが村に行くのもその定期便に乗っかる形になった。
今日もこの後村長と一緒に村に降りる。
建物の中身がどうなっているのか知らないのは残念だけど、いずれ見ることもあるだろう。
なにせこの領主館の部分レプリカ的な感じになっているらしいから。
『みんなが楽しめるように色々仕掛けも作ってるしね』
どうもからくり屋敷にしているらしいのだ。
いつコーウィッヂにそんな暇があったのか。
それを飲んで建築する業者もすごい。
差し入れを持って行った時の、『払いがサイコーなもんで』とニヤけた業者の一人のお言葉を思い出す。
ユンの雇い主が金に困っていなさそうなのは喜ばしいことだ。
そのまま村長とともに慣れた動きで村人が御者を務める村長の荷馬車に乗り込む。
「おつかれさん」
「おつかれさまです」
馬車が揺れだすと、そのまま坂道を下った。
「これから当日に向けて大変そうだなぁ」
「そうですね…」
なにせ来客があるのにコビ・シロヒゲ・みどりちゃんというスーパー清掃担当者三名が抜けるわけで。
慣れてきて落ち着いて仕事をできるようになりだしたのが、あふれかえって1日のうちに仕事が終わるのだろうかというボリュームに。
「リアさんが手伝いに来てくださるということで」
洗濯周りはやってくれることになったものの、
「足りねぇだろ」
「やるしかないですから」
「ま、そーだな」
ガタガタと石に引っかかったのか馬車が揺れる。
軽く荷物とともに体が跳ねた。
今ここには村長とユンだけ。
「村長は、なんで村長になろうと思ったんですか?」
村長は少し悩んだような顔になり、そして穏やかになり、ほほ笑みながら、
「飽きてたんだ」
急に視線をユンに向ける。
「俺の前の稼業の話は…」
「リアさんから聞きました」
「じゃ、話早ぇな。
稼業でそれなりになってきたら、同業者・ターゲット、とにかく周りが一線引くようになったんだわ。
したら、暴れまわってたのがひと段落しちまった。
このままこの調子かなとか思ってたところで、この辺にシマ移して、んでふた月くらいしたとこだったかな。
ほんと偶然な、コーウィッヂ様の乗った馬車にかち合った」
まさか。
「もしかして、その場で?」
「おう。
俺もまさかと思った。
襲った馬車から降りてきた賓客がいきなり『うちの領の村で村長やんない?』とはな」
元々苦手なユンにはなおのこと二の句が継げなかった。
「『よく肥えた農地と空き家はあるけど若い村人が不在で土地が余ってるんだ。
この統率力、君ならやれる!』
ってなんだコイツ? だったわなぁ。
どーみてもガキのくせに上から発言なのも癪に触ったんだがよ。
だが…今日の夜の寝泊まりの場所ができるからいいかと思ったんだ。
なんかあったらぶん殴っときゃ解決すっからよ。
村を根城に乗っ取っちまうのもありだしな。
で、その日そのまま村に移ってよ。酒も入って説得タイムだわな」
コーウィッヂが酒を飲んでいるところなど見たことがないが、飲めるのだろうか。
「最初の年は作付けが上がらないだろうからカネは出すってことだったし。
騙して俺らからこれまでのアガリ巻き上げようとかどっかに突き出そうとか、そーいうんじゃなさそうで、本気…、そうだな、驚いたことに本気臭かった。
んで、ちょうど…飽きてきてたし、とりあえず一日ってな。
村ん中とか、日を挟んで見に行ったりとかしてな。
で、思ったわけだ。
この暮らしはどうだろうか、って。
若い衆は俺について真面目に…っていうと妙な話だが、まあ稼業やってくれてたんだがなぁ、その、タイミングってもんがあるだろ?
カタギになれるんならそのほうがいい。
俺ぁもうクズから抜けられねぇがよ、こいつらはどうかと。
聞いてみりゃ皆似たようなもんで、しばらくはいいか、みてぇな答えのやつがほとんど。
そうじゃない奴ぁいつの間にかいなくなってった。
残った若い衆の中には昔農家だったのもいたから、あれよあれよと話が早くてな。
昔からいるジジババに教えを乞いつつ、そうこうしてるうちに皆、作付けは割とすぐ上がるようになった。土地がいいんだろな。
んで、俺もだが、若い衆も完全に居ついて、昔の女とか呼んだりして、空き家だらけだった村が人の住む村になって…。
もう今となっちゃあの暮らしよりこの暮らしのほうがしっくり来んだよな。
しかしそうか、もう10年近いのか…」
しみじみしている。
「コーウィッヂ様とも、じゃあ10年近いってことですね」
村長は柔らかくかぶりを振った。
「長いだけだ。
だって報告と納税と、必要なやり取りしかしてねぇから」