領主館へようこそ 21

「あ~~~ッはははッあはははハハハハハハ~~~~~~~~!!!!!」
 聞き遂げたコーウィッヂの笑いは止まる気配がない。
 腹を抱えた前傾姿勢を全く崩せなくなっているコーウィッヂ。
 涙目になっていないのが不思議なぐらい。
 屋敷中に響く笑い声に、ジーがびっくりして階下を覗きに来たけれど、コーウィッヂはちらりとジーを見て首と手を横に振って追い返した。
「いやぁ~ユンさん、ありがとう!! 超面白いわwwwww」
 今度は本当にいい笑顔だ。
 そしてとっても悪い笑顔に見える。
 ベータに心の中でごめんなさいと謝るも、もう帰宅しているので当然伝わらなかろう。
 コーウィッヂの怒り(?)が完全に収まったのは良かったけれど、ユンはほっとするよりもベータを売った罪悪感でいっぱい。
 笑いすぎて首が苦しかったのか、コーウィッヂはシャツのボタンを一つ、二つ目まで外すと、少年の白い素肌と鎖骨の凹凸、シャツでこすれて赤くなった首筋。
 なんだか色っぽい。
 鼻血が出るかもしれない。
 視界に映るそれらに酔ってぼ~っとする頭に響くコーウィッヂの声。
「よかった、ほんと、よかったよ!!」
 空いたシャツの隙間に手を回して首をぐるりと揉みながら、ユンに近づき、ぽんぽんとユンの肩を叩く。
 男の人っぽい仕草と手の重さ、近づいて初めて気づく人の存在感と体温。
 ぼんやりしていたのに、急に心臓のあたりが跳ねるような。
 コーウィッヂはそのままユンを通り過ぎて階段を上っていく。
 前に鼻をツンとされた時と同じようなそわそわが『向け』と示唆するその方向に振り返る。
 目に入ったのは細くて白いその首に添わせた大きな手はちぐはぐで、他の男の人が美少年の首根っこを押さえているようにも見える。
 その大きな手の下、首筋にちらっと何か字が書いてあるのが見えたけれど、妄想しすぎで色々死にそうだったユンには些末なことだった。

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 業者さんが来るようになり、毎日突貫工事で部分領主館原寸大模型ともいえる別館が建造され始めて数日。
 ユンはその現場に立ち入りもせず、それどころか領主館にもいなかった。
 ジーとともに祭りの準備のためにと初めて村へ。
 勤め始めてから結局一度も領主館から出ていない出不精のユンは、のどかな風景に懐かしさを覚えていた。
 久しぶりの荷馬車の荷台でここまで来ているのだが、座り心地も慣れ親しんだ激しい揺れは、道すがらもここに勤めに来る初日その他を思い出させ。
 で、今。
 店の配置とかその辺のもろもろが散らばっている。
 業者の手配なども皆自分の仕事の片手間でやっているらしい。
「中央から人がくる話は結局どうなってるのか未だに連絡がないのよね」
 祭りの余興で踊りを披露する農家のグループの衣装を抱えたリアは、どさりと机にその荷物を下ろした。
「街の貿易関係の人が来るっていうのは確かなんだけど、他がフワフワでさ」
「早めに決まっててほしいんですけどね…」
 迎える領主館としては切実である。そりゃそうよね、とリアは完全同意。
 ユンは机の上の衣装を一つずつハンガーにかけながら、
「ところで、なんですけど、リアさんはコーウィッヂ様の服も作ってるんですよね」
「うん。そーよ。そうだけど、どうしてまた今になって?」
「採寸ってどうやって?」
「え? フツーに上脱いでもらって。男だし。
 一回やったらそんなにいらないし。
 美少年~ッ! と思ってテンション上がってたんだけど、寝違えたらしくて首に湿布貼っててね。
 湿布臭いほうが先に来たわ」
「あれ? ていうかリアさん、ずっとこの村で仕事されてるんですよね?」
「ううん」
「じゃあ、別のところで修業してってことですか?」
「うんにゃ。全然。
 ここにきて教えてもらったのよ。
 ほら、あそこにいるおばちゃんが師匠」
 リアは窓の外で村長と言い合っている恰幅のいい妙齢の女性を指さした。
「じゃあ、その前は?」
 リアは一瞬考えるような顔になり、ふっと笑って、
「刑務所」
 ユンは息を飲むより先に感心した。
─────務所帰りの人って実在するんだ。
 やや田舎で刑務所よりも村八分のほうが身近だった人間として、その響きに思うのは不穏さよりも都会の香り。
「びっくりした?」
「まあ、それなりには」
「お財布泥棒をしこたまやって捕まったのよ。
 刑期明けるあたりでお頭…村長に村に来ないかって言われて、それでね」
「村長さんはいったい?」
「あの人元々山賊のお頭だったのよ。
 私は昔ちょっとだけ下っ端でお世話になってたって関係。
 どうやってか私が務所にいるのを聞きつけたらしくて。
 『村長やってるんだけど人が足りないからうちの村に住まないか』って手紙貰って、まあ行く当てもなかったから。
 最初読んだとき冗談かと思ったけどね」
 村長の第一印象が『山賊っぽい』だったユンの勘はバッチリだったわけだ。
「で、来て、村長と並んでお出迎えしてくださったのがコーウィッヂ様なのよね。
 『久しぶりだな!』 ガッハッハ~ってののあとに、
 『はじめまして! 僕がエトワ領主のジョット・コーウィッヂです!』」
 リアのテンションだけそっくりの物マネ。
 負けじとユンも物まね返ししてみる。
「私の時はそのうえで『42歳デェーッス☆』っていうのがくっついてました」
「あら? そうなの? そんなおかしなギャグやってたのね」
「実年齢、いくつなんでしょう。私未だに存じ上げなくて…」
「私もそういえば知らないわね。まー若いでしょ。普通に」
「そうですよね…」
 リアも元カレのジーとはその辺を話した──会話は難しいけど認識合わせを図った──ことはないということだろうか。
 そこんとこは聞きずらく、どうしようかと思っているうちにリアは先に進んだ。
「そーよ。
 『こんな若い子? 大丈夫?』って思ったんだけど、村長が普通にしてるからさ。
 その場でなんか言うわけにもいかなくて。
 仕立て屋で下働きすることが決まってバタバタして領主館に出入りして色々見知ってくうちにあれよあれよと、なんかもうどうでもよくなっちゃったのよね…」
「なんかわかります、そのどうでもよくなってく感じ」
 静かに、でも激しく同意しつつ、ユンはリアの言葉に自信を深めた。
─────ちょいちょい出入りするってレベルのリアさんでさえそうなんだから、あそこに毎日いる私は当たり前よね。
「何よりいろいろあったけど今ごはん食べていけてるしね」
 でも、だとするともしかしてもしかしなくても。
「この村、できたの最近なんですか?」
「うん、今年で確か9周年?
 その前からこの辺に住んでる人って数人のはずよ」