昼と夜のデイジー 15

―――――ふらふらしてる場合じゃない!
足に力を入れなおした私。
投げキスをしていたはずのドルは、いつのまにか私を支える姿勢になっていた。
でも、腹の底から湧き出る笑いを押さえる気は皆無のようで。
「で、どこをどうすればあの箒とモップがそういうことになるの?」
チッチッとしたを鳴らしてニヤリとしたかと思うと、ドルは先ほどとは違う意味で私に笑いかけた。
「駄目だなー、デイジーは。
ヤキモチだよ。
や・き・も・ち」
「やきもち?」
ドルは急に真面目な顔になる。
「ほら。だって箒が攻撃してくるのは、僕がモップに乗ってるときだけじゃないか。
つまり、箒が僕に妬いてるんだよ」
沈黙。それに耐えられなくなって、私は噴き出してしまった。
「まっさかぁ~」
箒がヤキモチ?
何だそりゃ。
「ありえる話だって」
「うそうそ。
ほかに証拠はないの?」
「ある」
「何? それは」
珍しく私がドルより一枚上にたっているような気がする。
「モップの柄に、バーギリアって彫ってある」
私はあきれ返ってしまった。
「あのね、そんなの後からいくらでも彫れるでしょ。
何かと思って期待して損しちゃったじゃない」
ドルがむすっとした。
「史料もあさった。
実在の歴史の中でもバーギリアらしき人物が登場してくるのがある。
他のおとぎ話だって、もしかしたらって疑われているものがいくつかあるんだ。
例えば『海賊ゼタ・ゼルダ』は、は海賊ではなかったのではないか、という説だってある」
「でもそんな話聞いたこともないわよ」
「あたりまえさ。国がもみ消してるんだから」
「え?」
「あ」
しまった、という顔だった。
でもそこはやはりドルだから、すぐに元に戻る。
「まあ、色々可能性はあるってこと。
でも、そこらへんは問題じゃないんだ。
問題は、あんなふうに箒に付きまとわれると実家に帰りにくくなっちゃうこと。
何せ僕、金ないからさ。
交通手段を絶たれることになるんだな」
どうにかしないといけないんだけど…といいながら、苦笑いをしていた。
「だったら、私からお父様かお母様に頼めばお金ぐらい…」
たやすいものではないか。
それに、お金がないと言うのはかなりおかしな言い訳に聞こえた。
―――――私の家庭教師って、そんなにギャラ安いのかしら。
そんなはずはない。
では何故?
ぐるぐる考えだした私をよそに、ドルは首を横に振った。
「いや、そんなの受け取れないよ。
そもそも教え賃はたっぷり貰ってるんだし。
まあ、何とかなるって」
「うそ」
「ホントだって」
何とかなるなら何故そんなに必死なのか。
「さて、じゃあ今日はそんな繋がりで、魔女バーギリアの原文を読んでみようかな」
「ええええええ~」
魔女バーギリアの原文、つまり古文である。
「いや。
ぜぇったいイヤ」
「何のために今日まであのクソつまらない文法書読んでもらってたと思ってるの?
僕をなめないでもらえるかな」
薄めの本を乱暴に机の上に放り出した。
「今日からはちょこっと真面目にやろうかと思うわけだよ」
―――――ひいいいい~!
その日から一週間ほどかけて、私は彼が家庭教師であったことをまざまざと見せ付けられたのであった。
そして肝心の話はまたしても聞かずじまいになってしまった。