昼と夜のデイジー 10

―――――なによ!! あのセクハラ発言!!
ドルが帰ったあとずっとこの調子でいらついていた。
枕を投げつけた後、ドルとは反対の方向を見て再度文法書を読もうとした。
が、結局集中できず、またドルから横槍が入り、いつも通りだらだらしてしまったのだ。
新しくドルが家庭教師になってからはや九日経っているのだが、一体私はドルから何を教えられているのだろうか。
無駄話だけは盛り上がる。
あのメイドは彼氏がいるのかとか。
あの召使はメイドのだれそれに惚れてるだとか。
もちろんこの家がからくり屋敷であることも話した。
そもそもドルは既に知っていたが。
それに弟のことも話した。
「お嬢様、夕食のお時間です」
「今行きマース」
私は苛立ちながら机の上に散らかした鉛筆やら消しゴムやらをしまい、ダイニングへと降りていった。
ガランとしたダイニング。
私の右左に召使が控えている。
十人は座れるテーブルだが、いわゆるお誕生日席に私がいるだけという実にそっけない食卓だ。
しんと静まり返ったなかに、ナイフとフォークのかすかな音がする。
仏頂面の召使に、水を頂戴、と頼むと、これまた仏頂面のメイドが、気付きませんで申し訳ありませんでした、と即座に持ってきた。
「ご馳走様」
「もうよろしいのですか?」
「ええ、ありがとう」
毎日このぐらいしか食べないのにいつもご飯は多い。
もったいないとは思わないのだろうか。
この家に引っ越してから、だんだんそう思うようになった。
また自分の部屋に戻る。
ドアを閉めるとほっとする。
そういえば、ドルは休みの日に何をしているのだろう。
―――――モップで飛び回ってるのかしら。
なわけないか。
まだ彼が家庭教師になって九日。
ドルがここに来る前、私はこういう暇な時間をどうやって潰していたのか…
あ、そうだ!
思い出した。
何故忘れていたのだろう。
今までは暇な時間でなくてもそうやって過ごしていたではないか。
そう。
いたずら。
いっぱいいっぱい考えて、家庭教師に試していた。
そもそもここ最近全くそういうことをしていない。
それがおかしかったのだ。
ドルがいるときは延々と無駄話をしていたし、いないときはいないときでボーっとしてしまった。
ドルと箒とモップのことをぐるぐるぐるぐる考えていたり、窓の外の女の子たちを見たり。
んん?
おかしいな。
私の中においてドルの占める割合が大きすぎる気がする。
―――――ま、あいつキャラ濃いし。
そうそう。
それだけのことじゃないか。
外はもう真っ暗になっていた。
糸のように細い三日月が丁度私の真正面に来ている。
久々にあくびが出た。今夜はすんなり眠れそうだ。
が、その予想は裏切られた。
またしても、ドルによって。
目の前を猛スピードで横切るモップ。
赤い髪。
そしてその後に続いて何かの物体が飛んでいた。
―――――何? 今の?
目を凝らして見ようとするが見えない。
ドルの乗ったモップが、さっきよりも少し離れたところを飛んでいる。
今度こそ!
だがとうとうその夜、後に続く物体を見定めることはできなかった。
そして結局今夜も眠れそうになかった。
ドルに明日聞いてみよう。
答えてくれるかどうかは分からないけれど。
そうか。ここ最近いたずらをしていない理由、やっと分かった。
もっと面白いものがあるからだ。
箒、モップ、そして、ドル。