俺もじゃんけんグミも手を振り下ろして静止。
『うふふふふ〜』は聞こえてこない。
ペットボトルが数回ランダムに跳ねて、こちらまで飛んで来た。
跳ねたときの当たり所が悪かったのか、途中でキャップ部分が割れてペットボトルと分離。
キャップには黄色のチョキがくっついてる。
だから俺はチョキ。
グミは。
原点回帰。
パー。
バタついてた踊り手も止まり。
じゃんけんグミも、俺二号も止まり。
全てが止まった。
「…かった」
ケチャップとレモンタルトとじゃんけんグミの臭いは相変わらず立ちこめてる。
宣言しよう。高らかに。
「俺の勝ちだ!!!!!!!」
その言葉に、俺二号はその場に力無く仁王立ち。うなだれてる。
同時にコウダが地面に、ゆっくり降ろされ始め。
キタこれ!!!!
地面に降り立ったコウダは、消えかかってくる足で小走りに俺の元へ。
落ちたペットボトルはキャップと別れて転がっていた。拾わないと。
ボトルを跨いで、まだ止まったままの紫の手の向こうに。
コウダと同じように小走り。キャップを拾って立ち上がる。
「コウ…」
隣に来たコウダに声をかけようとした…んだけど。
シュババッ
ゴゴ…
「イテッ」
舌噛んだ。
言いかけてるとこで足元が揺れたせいだ。
いて…地震?
足元見たってわからんな。
ポケットに拾ったものを突っ込んで見上げてみた。
レモンタルトの中に紫の手が一瞬にして格納され。
じゃんけんグミに押し潰されてた踊り手達は踊りながら走り去り。
震えるレモンタルト。
格納された紫の手は、レモンタルトのタルト生地もクリームも、全てを突き破って弾け、それらとともに四角錐の上にぺっとりと落ちて覆いかぶさった。
四角錐の側面をゴロゴロ転がって来る破片。
ありがたいことに、四角錐の下らへんで殆どが止まった。
あー、ヨカツター。避ける能力ねぇもんな俺には。
ゴゴゴゴゴ…
あれ? また?
音の出所を探そうと見回すと、それはあっさり見つかった。
俺二号の向こう。桜の木の根本がひっくり返って。
地面、割れてる。
「最後のさいごまでお約束かよぉッ!」
コウダは口から悪態、鞄からゲートを出してる真っ只中。
「うわっ!」
揺れヤベェ。踏ん張ってないとコケる。
で、多分コケたらそのまま地面に飲まれる。
てか踏ん張ってても地面割れたら意味なくね??
げぇッ! もう四角錐の向こう側の土台、崩れ出してる!!
俺二号は穏やかに笑いながら四角錐と共に沈んでいる。
ほっとしたようなさみしいような…。
ああもう今そんな感傷に浸ってる場合じゃねぇ。
コウダはゲートを掲げて左右を確認。
グラついて上手く貼れてない。
間に合うか? いや、他に落ち着いて貼れそうな場所…。
ニャーン…
今のどこだ?
荒れ狂う基板の地面の中、何処からか猫の鳴き声。
どこに…いた!
ニャォ〜ン…
俺二号とは反対側の、倒れてない桜の木の下。
あの辺だけ桜の花びらが殆ど散ってない。
猫はこっちに振り返ってる。
見るからにふてぶてしい顔で靴下を履いたような柄の。
その猫までの道乗りの基板は、平らに輝いていた。
「コウダあっち!!」
その場でゲートを張ろうと必死のコウダの腕を引っ張る。
気付いて目を見開いたコウダ。
足を蹴り上げ。
猫は俺達に背を向けて悠然と小走りで立ち去っていく。
追って、桜の木の根本までダッシュ。
ダッシュ。
根本に着いたけど桜の木の下もちょっと割れてきてる。
ダッシュ。
やっと猫に追いついた。
併走。
まだ大丈夫。
ネコが曲った。
合わせて曲る。
ゴゴゴゴ…ドーン
音が遠い。多分さっきの桜が倒れたんだろう。
ズズズズズ…
背後の音に振りかえったら多分手遅れだ。
汗は出ない。
疲れない。
コウダの足音は変わらず俺の斜め後ろを付いてきてる。
ここまで飛んできていた桜の花びらを一枚踏みつけた。
あれ? 猫は?
猫どっか行った。
足元に基板はなく、平ら。入ってきた博物館動物園駅前と同じ。
辺りは真っ黒。なのに明るくてよく見える。
地面ほんとにある?
念の為足踏みする。
…あるな。大丈夫。崩れない。
ゴゴゴ音はさっきよりだいぶ遠くなったけど崩れる速さより先に来れてるか?
コウダはゲートを貼り終え、穴に手を掛け飛び込んでる。
俺も。
ビキッ
足元が割れた!
早く!
右手をゲートにかける。
ゴゴゴ…
「あっ!」
崩れる!!
右手の…握力でっ…。
滑る…手が…。
コウダが俺の右手首を掴んだ。
多少体が持ち上がり、手が外に出る。
泥とコンクリートの感触。
「左腕上げろ!!」
コウダの上半身は穴に入り直してる。
上げた左腕が掴まれ。
両方の腕だけ全部外に出た。
っっだあああ!!!!
自分の腕の力とコウダが引っ張る力で全身が一気に外に出る。
その時。
ピンポイントで頭がゲートから出る、その瞬間。
確かに俺の耳の側で。
あの喘ぎ声の薔薇と同じ声で何かが一言。
戸惑う間も無く転がり出て、視界がさっきより明るくなる。
四つん這いになった俺の後ろでジッパーを閉める音がした。
玄関の庇の下からはみ出て、雨を全身に受ける。
大粒の雨はあっという間に全身を濡らしていった。
肌にぴったりとTシャツとズボンが張り付く。
体の形を不快感で感じ取りながら、庇の下に這いずって、家の前の小道を眺めた。
雨が降ってる。
手の泥の感触。
いつの間にか体にかかったケチャップとメレンゲとカスタードクリームとタルト生地の破片も。
桜の花びらも。
一段と強い風が吹いて、庇の下まで雨が入り込んだ。
鳥肌が立つ。
寒い。
膝を限界まで折り曲げ、腕で体ごと抱え込んだ。
濡れた服と着いたあれこれの重たいぬるっとした感触。
震えながら、大きく息を。
すーーーー
冷気が鼻から入り込み。
はぁーーーー
多少暖い吐息が鼻筋と喉を抜けた。
すーーーー
はぁーーーー
…『いる』。
思った。
だから。
俺はここに『いる』。
その傍らで、ゲートを出る直前の、何かの一言をリフレインさせた。
『またね』