新説 六界探訪譚 11.ひとりきりー1

爽やかな秋晴れにピクニックらしきレジャーシート多数。
血統書付っぽいでっかい犬とかサラツヤな毛並みの犬とかもふもふくるくるの犬とか連れてる人もいつもどおり多数。
てことで、いつもみたいに座って喋れるスペースがない上野公園。
「おい」
びくっとして振り返ると、いた。
人込みとざわめきを背景にしたいつもの帽子姿。ホッとする。
「ここ、場所なくない?」
挨拶もなくコウダは場所のなさを確認し、渋い顔になった。
「店入るか? お前の奢りで」
「やだ。あっちなら多分もうちょっと空いてるよ」
反対側の一箇所を指差すと、コウダも同意。ぐるっと噴水を回り込み、向こう側に移る。
「…連休なんだな」
うんざりしたような低い一声。コウダも人込みは苦手らしい。
『あっち』は秋休みないって言ってたから予想してなかったんかな。
国立博物館のチケット売場の行列を見るたび『あの人ら、よーやるわ』と思う身として、コウダの気持ちは察せられた。
空いてる日陰に二人してしゃがみ込むと、その直ぐ側で自己アピールする気のないでっかいクリーム色の犬が日陰で大欠伸。
人間は多分お前のこと自慢したかったりするんだぜ。その体たらくでいいのか?
飼い主と思われる人間もボーッとしてるから、いいのか。
俺は今日の仕事するけど。
「一応リスト持って来…た…」
鞄から出してコウダに向けて開いたリストには、改めて山田・向井・弐藤・田中とそのそれぞれの性格などなどが書かれている。
コウダはチラリと目を通すと、
「俺はニトウさん押し。安牌だと思う」
前に聞いたセリフをまんま繰り返し。
そして沈黙。
あとは、俺の同意だけだから。
「どうしてもやらないといけないんだよね」
コウダはゆっくりと首を縦に振った。
あと二人。
この中か、他のどこかからか捻り出す必要がある。
やりたくないな。
でも、もしやるなら。
山田は俺にビビってたから、気づかれやすそうだし。
向日はそもそも気が小さい。そういうやつは『中』が荒れやすいっていう、いつかのコウダ情報が頭をもたげた。
…ん。
決めた。
「弐藤さんでいいよ」
思ってたより決断が早かったのか、コウダが多少不安げになる。
「それが最終決定で、いいか?」
田中と弐藤さんは本当に迷った。
でも、コウダにしても母さんにしても、聞いてみたら意外と答えてくれたりするもんだし。
田中はなんだかんだ言って男で、陰キャ中の陰キャとはいえ、まだ喋れそうなタイプと思われ。
この先あいつと話をするような機会が到来したら、エロ本購入の真相を聞いてみる事は出来るかも。
そしてもしかしたら、答えてくれることだってありえるかも。
なにより何となく気が引けた。
不潔感とかそういうんじゃなくて、なんか悩みとか、深い事情があるかも知れない。
そこを裏から荒らすのはマナー違反。
仁義ってもんを通すべきた。
一方、弐藤さんといえば。
女子だし話す機会はまぁないだろ。
仮に俺が女子でも弐藤さんのキャラじゃ難しい。
だって、髪は多分ママカットか自己流で、それをなんと輪ゴムで縛ってて。
服もちょいちょいなんかの染みが付いてたり、チョークの粉で白かったりっていう、校則違反ではないけど身嗜み的にNGな感じ。
それに言葉がちょっと変っていうか、端的すぎるっていうか、なんていうか。
かと思えば国語で当てられたときなんか、回答がまとまらなすぎて先生にカットされてたし。
珍しくあの時は授業聞いてたけど、俺も弐藤さんが何言いたいのか良くわかんなかった。
そんなのをねちねちネチネチ武藤さん一派やらその他諸々の輩によって毎日のようにイジられ、尾鰭まで付けられてる始末。
去年なんとも無かっただけに、なんでまた急に今年そうなった? ってとこは驚きだ。
でも、弐藤さんについて一番の特筆すべき点はその周囲の状況ややり口じゃない。
あんだけハブられ、事ある毎に人類の敵みたく言われてるというのに。
弐藤さんのそいつらに対する態度、というか表情すら、いつも全く変わらない。
あっそう、勝手にすれば? くらいの感じで。
あの飄々たる態度。
神経の太さは伝説級だろう。
でもそれって、弐藤さんが実はいじめてる側の武藤さん達なんかよりよっぽどキツい性格かもしれないって見方もできた。
だから余計、 事ある毎にくよくよしてる身として見習いたいことがいっぱいあるものの、俺が話しかけるなんてとんでもないような気がし。
コミュニケーション? いやいや、とてもとても。
だから、まあ、うん。
「いい。それで」
そうか、じゃあ、と座り直したコウダ。
「なんかここにある他に、弐藤さんの情報あるか?」
「両親と、妹がいたはず。
親が留守がちでご飯の仕度は弐藤さんがやってるって言ってた。
確かに上手いみたいだった。
毎週水曜日の決まった日に、学校の近所にある本屋に寄り道して、多分雑誌かなんか買ってる。
でも、家はそんなに裕福でもないみたい。俺同様スマホ無しだから」
そうだ、あと、鞄に貰い物っぽいキーホルダー付けてんだよな。
にしてもあのマークすげえ最近どっかで…あ!
「小森建設のマークが入ったキーホルダー、鞄に付けてる」
そっかあそこの音楽堂の外壁にかかってる幕で見たんだ。
「親御さんの勤め先とかか?」
「さあ…」
そんなことまで知るはずねぇだろ。
「…ま、いいや、続けて」
「クラスでは完全にいじめられてる。
去年までそんなでもなかったんだけど」
「イジメなんてそんなもんだもんな」
「ただ、ちょっと変わってるのは、本当にそう。
去年同クラだったけど、女子なのに見た目とか全く無頓着だし、友達って感じの子はその頃からいなかった。
何時も大抵一人で本読んでて、喋り方もちょっと独特で…機械的っていうのかなぁ…。
なにせ難しくてよくわかんないことがある。
ああ、あと、偶に先生とは喋ってる」
特に今の担任の恵比須とは、話してる姿をちょくちょく見かけていた。
掃除の時も、あの日は直行で帰ってたけど、恵比須と理科室に残って話してた事、あったな。
恵比須もなんかの資料っぽいのを持ってたから、進路相談かもしれない。
いや、そうだろう。
だっていじめ相談はあいつ多分使えねぇから。
カンニング冤罪ーー佐藤の『中』情報によると佐藤が告げ口していたというーーで実感した身として、それだけは絶対にないと確信していた。
「んー…、それにしても『宇宙人』か。だいぶだな」
「まあそう…だね」
このあだ名がこうも普及してることについては多少後ろめたさがある。
実は…多分なんだけど、最初にそう呼んだのが俺だから。
イジメの発端ではまったくない、と思う。
まさかこういう使われ方になってしまうなんてあのときは想像もしてなかった。
俺がそう言ったのは去年の今頃のこと。
昼休みに教室で、弁当食い終わってボーッとしてた時だったと思う。