新説 六界探訪譚 10.第〇界ー3

たったらーったたーらたったらーったたーら
わー、コレ先週の月曜の朝も聞いたー…。
ド定番で毎年聞いてる入場曲と共に体操服達は一斉に整列して入場門からグラウンドに注入されていく。
「ほい」
コウダが俺に手渡したのはソフトカバーの薄手のムック本。
「資料室からの借り物だから汚すなよ。
付箋貼ってあるから」
付箋って借りた本に貼るの良くないって知らないのかよ。
上側が裏表紙だったので表に返してタイトルチェック。
『シーフ0回ガイドマップ Vol.11宵中霊園』。
はぁ?
「今回別に動き回る必要ないけど、せっかくだから真ん中らへんまで行こう」
歩きながら付箋が貼ってあるページのうち一番最初のページを開く。
特集ページらしい。
『秋の行事 その1 運動会
学校行事の代名詞。色々な未練や感慨が残りやすく、花見に次いで「中」に入りやすいイベントです』
「『中』って心霊的なもんなの??」
一度漏れ出した心の声が止まらない。
「違う。
『中』に入るとき、人の体よりもちょっと外側に貼るだろ。
あの切れ端みたいのの寄せ集めで、大きな『中』が出来る。
核になるのは死人の死体や骨に纏わり付く『中』の大きな残りだ。
あれやりたかったとか、あのときこうしとけばよかったとか強く思ってた奴ほど良く残る。
その中でも行事事関連は多くて。
この時期は運動会、毎日開催されてるから。
ああ、あと文化祭とか、学芸会とかもな」
聞けば聴くほど心霊現象じゃねぇか。
いっそ説明の後半『以下略』でもよかったんじゃね?
「『中』に入った回数は滞在総時間制限があるから必ず数える。
表紙に書いてある0回ってのはこういう実際の『中』と近い疑似環境での練習のことだ」
『れーかい』って…。
「実在の一人の人の『中』じゃないから、『中』を見られたくないとかいう意思もない。
つまり入っても拒絶されないし、本人や知り合いが入った人間を消しにくることはない。
1~2時間なら消える心配もない。
あと、墓場だと来る人は故人を悼む気持ちになってるのが多数派。
その『中』の切れ端の集まりだから、こっちに攻撃してきたり罠があったりもしない」
安全なのは分かったけど、なんか釈然としないなぁ。
そんなところに若干鼻声のアナウンスが入る。
「第一演目。準備運動」
お姉さんの声とともに始まったのは、小学校の夏休みの朝にじいちゃんに連れてかれて覚えちゃったあのイントロ。
動き出すグラウンドの参加者達。あのころ聞いたおっさんの声が心の中でリンクする。
『まずは背伸びの運動から〜』。
なお、敢えて『体操服の』『人』と言わないのは明らかにアニメで見た黄色と黒のベストを羽織った下駄履きで片目が髪の毛で隠れた子供のキャラとか、四角い壁みたいのに手足と目がくっついたのとか、白くて長い布のあいつとかが混ざってるから。
「あれ、ネタ?」
コウダがチラッと見て、俺を見た。
「お前、もしかしてここ来る途中でお化けとか肝試しとか考えなかったか?」
ぎくり。
ガイドブックの付箋の真ん中らへん、と指示されるがままその頁を開く。
『…時期と場所から、墓参りの子供などが思い浮かべるため出現率高し!』
これあるんだ『あっち』にも…。
イラストになったキャラクターの目らへんに黒い横線引っ張ってあるし、これの出版社、絶対怪しげなとこでしょ。
「時間を夜中にして墓場の中わざわざ突っ切ったのは、他の人の『中』の影響を薄くしてお前の『中』の切れ端を多くすることでイメージをお前の日常に近づけるためだったんだが…」
「先にそれ言ってよ」
そしたらおっぱいでっかいおねーさんを…。
「そしたらどうせ『おっぱいでっかいおねーさん』とかだろお前」
ぎくりパート2。
なんでわかるんだよ。
グラウンドの第二に突入したラジオ体操は『大きく大きく小さく小さく』腕を斜め上から斜め下に左右それぞれ振り回している。
ぐるぐるするみんなの体は、俺の脳味噌もかき混ぜていた。
その時ふと、甘いような香りが鼻腔を擽る。
あせもが出来たとき首筋にポンポンはたいたベビーパウダーのような。
すぐ隣に立っている日傘を指した着物の御婦人は、さっと簪でまとめた髪をなで、レースのついた白いハンカチで目元を抑えた。
そのむこうのガタイのいいおやっさんは、炎天下の中腕組みしてうんうんと頷いている。
そっか。保護者も…。
老若男女が入り混じっているものの、その全ての視線がグラウンドのどこかを向いているようだった。
ラジオ体操が終わってざわざわと退場してきた生徒達。
ここにいると当たるな。ちょっと移動。
多少よろめきながらガイドブックの次の付箋を開く。
『意外といるよ有名人
宵中霊園は歴史上の人物が数多く眠り、墓参りに訪れる旅行客多し!
皆の気持ちが集まっていれば、もしかしてもしかしたらアノ人に逢えるカモ!?』
ここだけゴシップのような軽いノリなのがいけ好かないけど、まあいいや。
ゆっくり見回すと、一角だけ運動会とはノリが違う人が集まっている場所があった。
何人かいるけど、全員ポーズをとったまま動いていない。
体育館の前の階段に腰掛けているのは、レトロな波打つショートカットのパーマ。ピンクの帯にはだけた青い浴衣。
太く山を描く眉と、やや小さめだけど形の整った黒いアーモンド型の目が白い肌に映える。
てか白過ぎて絵みたいだ。
ガイドブックの開いてたページをよく読んでみると、まさかの予感的中。
描き手は美人画の名手とある。宵中霊園に墓があるらしい。
丁度その美人と同じ絵が掲載されているあたりタイミングがよかったな。
なんて読むんだこの作者の名前? 一文字目、ナニコレ?
あとの…木と、清と、方は知ってる字だけど、読み方は??? ま、絵に興味ないからいっか。
その横には白黒のおっさんがいる…んだけど部分的にテキトーだなおい。
胸から上と顔は写真みたいだけど、胸から下と腕はいい加減にえんぴつで書いた感じ。
靴なのか靴下なのか怪しい足元に何故か裾が広がったズボン。
手に扇子持ってんのに頭の上にはとぐろを巻いた茶色のブツが。湯気も出てるし。
『TIPS1 偉い人ほど本人よりも肖像画などの第三者イメージが強くなる。
TIPS2 100年以上前になってくると、核となる本人が消失してくるため、写真で現代に残っていない部分が曖昧になる』
ああ、そういうこと?
じゃこの中に載ってる可能性大だから…。
探そう。えーと、あった。この顔だ。
で? 誰なんだよこいつ…。
おい、まてや。
このガイドブック落書き有かい。
丁度説明文の上にマジックでみっちり。
ったく借りた本大事にしろよお前ら。
『…島密 1835-1919 ……日本において…………制度を………便の父』と呼ばれている』
てか確信犯だろコレ。おかげで『うんこのパパ』だって情報にしか読めないじゃないか。
偶然にも目の前のイメージぴったりになってるのが残念過ぎた。
にしてももうちょっとましなピシッとしたのがいくらでも想像できるだろうに…。
普段自分が教科書の偉い人の顔面に授業中実施してる暴挙を棚上げにしていると、いきなり。
「お!」
コウダが向いた方。行列ができている。
鼻筋の通った、色黒でちょっと馬面? 目は黒目勝ちで小さめ。でも渋い。
細身の白スーツで問題無ってどういうこと?
パイプを吹かして握手したり肩叩いたり。
「誰?」
運がいいのか悪いのか。
…やっべ。
俺が呟いたその時、白スーツの御仁は俺を発見したようだった。