新説 六界探訪譚 10.第〇界ー1

月曜日に無事ーーあのあと一悶着あったにはあったけど、とにかくーー帰宅した母さん。
そして迎えた今日。
普段の晩飯前ぎりぎりの時間まで矢島の家でご厄介になり、母さんからお泊まり軍資金に頂いたおこずかいで西二谷堀の松乃屋に行き。
さらにまた二谷堀駅まで歩いて。
コウダ発案の待ち合わせ場所、ネカフェ前なう。
時刻は間もなく夜9時半。駅前のスーパーももうすぐ閉まる。
何でここなんだろ?
待つこと暫しでロータリーの駅側からコウダが横断歩道を渡って来た。
「よ」
「ん」
俺の持ち物をしげしげ眺めてるのが嫌な感じ。
「お前、言った通り金持ってきたよな」
発言がカツアゲっぽいのは気にしないことにして。
持ってきてはいる。臨時収入あったから。
「いくらある?」
財布の中身を見せる。
おこづかいと臨時収入。細かいのをあわせると…
「金持ちだなお前」
「どうする気?」
「電車に乗る」
「なんで?」
だって移動する必要ないんじゃないの?
「保護者同伴を装って山手線の終電まで電車に乗って車内で寝るためだ。
お前中学生だろ。
条例違反でお巡りに捕まったら終わりだから」
うそ。まじでそんなサバイバルすんの? 疲れる。やだ。
「どっか泊まるとこないの?」
「一番安価な手段を提案したんだがな。
ならお前金だすか?」
「やらなくてもいいんじゃない?」
だってコウダが言ってたんじゃないか。
コウダはここにきて及び腰になった俺を見て、優しげな笑みを浮かべた。
「一応だけど、あっちの店の横まで歩こうか」
駅前のマックの前まで来たところでコウダはおもむろに地面を指差した。
「一応、な」
そこにはマックの明かりをあんまり遮れてない俺の影。
証拠を突きつけつつ俺が逃げられないようさらに釘を指す。
「日程的には大丈夫なはずだが、付け焼刃でもやらんよりいいだろ」
「効果あんの?」
「若干」
う~ん…。
でもなー。電車内ってなー。
「むしろマックじゃダメなの?」
「5時間粘ってみろ。追い出されるぞ」
そうなの?
そんなには粘ったことないからなぁ。こんな時間に入ったこともないから、コウダの証言が本当か検証しようがない。
「入って出てもまだ夜中2時。
泊まりに行くって言ってあるんだろ?
マックは出た後のために取っておいたほうがいいんじゃないか?」
そっかぁ…。確かに昼前には帰るってことにしてはあるけど、朝イチ7時は当然親父の『昼前』には含まれないだろうな。
渋々頷くと、直ぐにコウダは歩き出した。
その後ろにくっついて駅改札への上り階段を踏みしめる。
秋休み中とはいえ会社勤めで休めない俺の親父と同じ境遇の人たちで溢れる駅。
わさっわさっと人の塊が改札のほうから広がっていく。
俺も将来ああなんのかな…。
ラッシュどころか普段は電車にもそんな乗らない。
自転車か歩きが一番安上りで、その範囲から自分で出たことってほぼ無かった。
母さんに連れられてくときくらいかーーこの前の新宿の映画館みたくーー。親父との秋葉原はチャリだからなぁ。
今時ICカードの一つも持たずになんとかなってしまっているのは、チャリ範囲に色々ある住環境に加え、偏に出不精なのもあった。
慣れない券売機で一駅分の切符を買う。
タッチパネルを押すと、下から2枚重なって切符が出て来た。
コウダに渡すと、手慣れた手付きで改札を通っていく。
普段は買い物に行く時に改札外から眺めるだけの駅ナカをバックにコウダが手招きした。
誘われるように改札に切符を通すとゲートが開き、向こう側の出口からさっき入れた切符が出て来たのが見える。
つまんで改札の向こう側に出ると、見慣れない駅の風景があった。
広々とした駅の内部。私鉄などへも繋る乗り換え案内。電光掲示板の時刻表と『次発』の文字。
コンビニ以外の店は概ね閉まり始めているのが残念。
多分他の駅もそうだろう。
昼間だったらあの辺の店で試食とかやってるのかな。
普段を思い浮かべながら、コウダに続いて階段を下りる。
『こっち』の住人じゃないコウダのほうが俺より余っ程改札内に慣れてるような。
ドアの位置にある線の前に出来た列の最後尾に並ぶと、丁度電車到着。
シルバーのボディにライトグリーンのライン。
夜の暗闇に光る二つの目は、ホームと石垣の間に敷かれた線路上をゆっくり進み、辺りを煌々と照らし出す。
ほぼぴったりの位置に停車したそれ。
開いた転落防止のホームドアと本当の電車のドアをくぐる。
どっと人が降りたせいか運良く二人並んで座れた。
ひしめきあう人と汗。
冷房ガンガンなのに、ドアが開く度熱気が入り込む。
スマホいじってる人、本読んでる人、喋ってる人、膝にPC載っけて仕事してる人。
観光帰りの旅行客も。日本語じゃない言葉が色々混じった。
二谷堀と上野から空港直結の私鉄が出てるからそれか。
このあとホテルに泊まりに? それか、東京駅から夜行バス?
荷物と人でひしめく夜の電車。
軽く接近していちゃいちゃしだしたカップルをじーっと見てると、
「寝たほうがいいぞ。まだ長いからな」
えー…。
だって面白いし、それに、
「寝過しそう」
「起こしてやるから」
言ってコウダは腕を組んで目を閉じた。
いつポトッと落ちるか気掛かりなハンチング帽は、俺が思ってるよりずっとコウダの頭にぴったりハマッてるようで全くそんな気配なし。
丘地町、秋葉原、仏畠、東京…
各駅でごそっと車内の人が入れ替わるのを見る都度、コウダの寝息が落ち着いてきているのが分かった。
行き先宵中霊園だって言ってたし、こんなにぐるぐるしても結局元に戻るんだよね。
四口川に来た辺りでざわめきを観察するのが面倒になった。
バラエティがなくなって疲れた会社員っぽい人が増えてきて。
見てる方も疲れる…。
コウダはコクリコクリ船を漕いでいる。
この肩の位置、丁度頭載せやすそうなんだけど…。
いや、それはプライドってやつだな。やめておこう。
それにしてもあの姿勢、寝やすいんだろうか。
完全に船を漕ぐコウダを真似て腕を組んで頭を前に。
おお、落ち着く。
思いの外しっくり…。
コウダの熟睡振りに納得がいきつつ、ほんとに起きられるのか疑問になりつつ。
おっと。
寝落ちが勿体無く感じ、一旦瞼を開いて前を向く。
向かいに立つおっさんはスマホを親指連打してるからゲーム中だろう。
向こうは…
「次は~、大銀杏~、大銀杏~デス。 This is ~」
機械的なアナウンスで観察は遮られた。
また大量の人、人、人。目の下にクマがあったりなかったり。
…いいやもう。
そのまま瞼を閉じ、意識を限り無く消した。