新説 六界探訪譚 8.第四界ー5

そうこうしてるうちに木彫の猿はもう目の前。
いままでずっと現物ありそうで実は絵だったんだけど、これは…うん、本物。
しかしデカい。
元の木もデカくないと彫れないと思うけど、こんなデカい木実在するんだろうか。
それにこの猿どっかで見覚えがあると思ったら、社会の教科書だ。
万博に出したとか言ってた気がする。
良く覚えてたなぁ俺。
あれ、本当に教科書だけだったっけ?
なんかのときに実物も見たような気がするんだけど…いつどこでだっけ?
まあいい、今は思い出す努力は放棄して。
本題は猿じゃなくてその目線の先の道…。
が、ない。
壁しかない。
道だと思っていたのは道があるように見せかけた絵だった。
ええー…。
壁まで行ってまた折り返しかよ。
もうやだぁ。飽きたぁー。
まあ、まだまだ物色したいコウダは折り返しってことで気分を盛り上げてるんだろうけど。
顔色を窺おうと横目で見遣る。
でも、コウダは予想に反してまた例の見慣れた顔だった。
見てるのは正面の壁じゃない。
猿の向こうのほう。
俺の位置は猿に近過ぎ、そのへんの壁際は見えない。
コウダと認識を合わせるため、コウダにそっと近付いて猿の向こう側を見る。
ああ。
いつもの顔になった理由、わかった。
人一人ギリギリ通れる道がある。
こっちは本物。
でも道が細くてここからだと先が見通せない。
「取り敢えず壁際まで行こうか」
そっと手を前に出して壁際に寄る。
足元は大丈夫そう。
ゆっくりと道の奥の奥が視界に収まっていく。
そんな長くなさげ。障害物もなさげ。ちょっと行ったら部屋があるっぽい。
んでもってこれも見間違いでなければ、部屋の突き当たりに窓がある。
じゃ、ここから脱出して屋外に出られるかも!
部屋の壁面は相変わらず白いけど、ごちゃごちゃ物があるのか構造が複雑なのか、細ーく見える部分だけだとそこまで細かく把握出来無い。
退路は?
その場で回転。
今まで通ってきた方を見る。
おいおい。
曲がってんぞ。道が。
まじかよ。
今までずっとなんだかんだいって真っ直ぐだった道は、背後で視界から外れている間に湾曲し、別の空間につながったようだ。
位置関係って概念が武藤さんの『中』で通用するなら、猿の脇道を進んだのと同じ部屋がその出発点かもしれない。部屋の広さにもよるけど。
罠?
2択なのに1択?
コウダも察したようだった。
俺の背中にそっと背を当てる。
「ここまでの展開的に、トラップが仕掛けられてるとかモンスター的な存在が出る可能性は低い。
事前に話したとおりだ。それについてはいいか?」
コウダの言葉に頷く。
確かに前者パターン、『本人と近しい人以外誰もいない』のほうだと思う。
「ただ、この先の部屋、大分変なデザインに見える。
本人が居る特別な場所の可能性が高い。
俺が先にいく。ゲートもスタンバイしておく。
紐も長めにしておくから、猿の横で待っておけ。
俺が手招きしたら入ってよし」
コウダが俺の前に出てボタンを投げる。
その間ずっと、湾曲した道のほうを凝視。とくに変化なし。
凄い目力の木彫りの猿がこちらに顔を向けやしないかとハラハラするけど、たろうと違って猿は本当に微動だにしないでくれるようだ。
懐深いなぁ。やっぱたろうみたいな理科室の端っこから抜け出せないクソ野郎と、美術館の一角を飾る芸術作品は格が違うんだろう。
ありがとう猿。
いずれどっかで見かけたら拝んどくよ。
そうこうしてるうちにコウダは部屋に入りかかっていた。
どうなってんだろうか。
でもこっちの後方確認も…。
改めて猿のピンと伸ばした左腕の向こうを見る。
あれ?
さっきまであんな絵あったっけ?
向こうの部屋への接続ヶ所の壁面に、絵がかけてある。
トリックアートかもしれないけど、見覚えがある顔の肖像…画? 写真?
誰にかといえば。
弐藤さん。
楕円形の額縁は年度始めに欠席して集合写真に映れなかったとき左上らへんに出て来るあれのような。
いや、あれと違って金のごてごてした彫刻みたいな額縁で囲まれてて、むしろちょっとした女王様みたいな。
でもこの変化あんまり良くないんじゃない?
佐藤の時に確か言ってた、『中』が混乱している状態ってことだから。
コウダはまだ確認中。
この状況早いとこコウダに連携したいんだけどなぁ。
再び額縁の方を見ると、誰かがその額縁の前に立っている。
こちらに背を向け、肖像に見入っているその姿。
え?
全身肌色なんだけど。
待って待って。服は?
期待感も込めてじっとよーく見てみると。
…着てる。残念。
全身タイツじゃなくてレオタードってやつだろう。足は別途タイツかなんか穿いてるみたい。
すらりとした長い手足。
ほっそりした首筋。
肌色で体にピッタリとしたそれらは、武藤さんのスタイルのよさが制服でごまかされたものじゃないと主張していた。
背筋の伸びはしっかりとその体を支え、両足のかかとをくっつけて立つその姿は一本の棒になったよう。
振り返るなよ…。
祈るも虚しく、武藤さんは、一本に合わさった足のうち一本を動かし、もう一本を壁沿いに動かし。
壁沿いに歩き出した。
って、ちょちょちょっと! コウダぁ!
慌てて向き直って見たコウダは手招きしている。
…ナイスタイミング!
駆け寄るのも大慌て。
同時にコウダは更に進んでて、もう室内に入っていた。
早く言わないと。
そう思ったのに。
部屋の中を見て、その気持ちは全部吹っ飛んでしまった。
「これはすごい」
コウダの独り言は、ここまでの金に目がくらんだ蘊蓄と違って本当に感嘆してるようだった。
それくらい、インパクトがあった。