新説 六界探訪譚 8.第四界ー3

いち、に、いち、に。
「「せーの」」
階段があるか。でも他はまた大体同じ…。
コウダはけだるげにボタンを投げる。でも、特になにも。
「何分経った?」
「10分ちょっと」
まだたったそんだけ!?
もう5〜6回はこれやってるんだけど。
またそろそろと両手と足を前に出す。
実の所廊下自体が短く、10歩もないくらい。
そのくせ毎回永遠に続くみたいな見た目に成形されてる。
うち今回加えて2回は突き当たりに新築の家の玄関みたいなかっこいいドアがあって期待したんだけど。
壁際に来るとドアの絵のサイズが掌に乗るくらいだってことに気づかされるってオチ。
人間の顔だったら顔面加工詐欺だけど、これってなんて言うんだろう。風景詐欺?
とにかくそのせいで振り返るたびに緊張・期待のち落胆を繰り返してるから異様に疲れる。
いま階段がでてきたけど、コレ上っても上あるのかな。
まあいい…
と、一歩踏みだした先に床がなかった。
ガクンと多少下がって着地。なんだけど。
…痛っっってえええ!
叫ぼうにも叫べない。
思いっきり舌噛んだから。ちょっと鉄の味がした。
隣のコウダはいつもより上から俺を不安げに見下ろしている。
平らだと思ってたとこに一段分だけ、丁度ノート縦にして置いたくらいの大きさの穴があったらしい。
前と横は確認してたけど、足元の目視が疎かになった途端にこれだ。
あの階段の存在も怪しいもんかもなぁ。
1段上がっていつもの目線に戻り、またそろそろと。
あともうちょっとで階段。足元OK。
一歩。
足元OK。
二歩。
あ。壁だ。もうかよ。
やっぱニセ階段だったか。
隣のコウダも同じ気持ちらしく、深い溜息。
「どんどん狭くなって俺たちがつぶれるってことはある?」
「次振り返って目の前が壁だったら出よう。ゲート貼れるうちに」
あるってことね。はいはい。
「「せーの」」
壁…じゃない。
また例によって廊下なんだけど。
向こうの壁の突き当たり。絵じゃなければ、たぶんここから5~6歩。
なんか、ある。
美術館の展示品みたく台の上に乗っている黒い彫刻。
熊でも仏像でもない。
なんだあれ?
「行ってみよう!」
コウダの鼻息が荒い。
その一歩目の足音も、心無しかさっきまでより強くなった。
うん? どうしたどうした?
そんな興奮するもんなのか? あれ。
あんまりキレイじゃないし、メタボ体型のちっちゃい…おっさん?
帽子をかぶって着物姿で袋を担いでもう片腕を腰に当ててるんだけど、仁王立ちっていうか…一歩脚を踏み出してるとこっていう微妙なポーズ。スタートダッシュ的な?
しかめっ面で微妙に口が空いてるのも、目と歯がちょっぴり金色なのも気持ち悪い。
なんか呪いかかってそうな。
是非とも触りたくないなぁ。
手を差し出し、一歩、また一歩。
あ。
残念。壁だ。
黒い像は台の上に置いてある様に見えたけど、埋まった鏡にうつってるだけ。実物はあの鏡の下だろうか。
台は例によって絵。
今回はさっきまでより凝ってるから多少刺激にはなったけど、また振り返るのか。
振り返ることを思って溜息を付く前に、隣でコウダが今までになく深〜い溜息をついた。
つい怪訝な顔でーー多分コウダには俺のそこまで細かい表情なんて伝わらないからいつもの顔に見えるだろうけどーー見返す。
「ん?」
「何なのコレ」
返事はしみじみと返ってきた。
「『走り大黒天』って珍品でな…」
ああ、恵比須の親戚だっけ? 全く興味ないや。
興奮冷めやらぬのかあきらめきれないのか話が続いている。
「…盗れたら借金の一部返済ができたんだが」
借金あるんだコウダ。
こんなところでそんなリアルこぼれ話いいのに。
しかしこうもぐずぐずぶちぶちされると超めんどい。
ったく、しょうがねーなぁ。
「いくよほら。せーの」
これまで『中』であんなに気張ってきたコウダの警戒心も、今は軽くすっ飛ばされているようだ。
へろへろとやる気なさげに振りかえった。
…またなんかある。
今度は壁際。しかも複数。
高そうな皿が並んでいる。
スパゲティなら3人前くらいのりそうなサイズだけど、あの派手〜な柄。
どう考えても食卓に出す用じゃなくて飾る用。
茹で過ぎてふにゃふにゃのモヤシみたいだったコウダは、突如パリッと生のハリツヤを取り戻した。
「危なかったらすぐ出ようとか言ってたけど、今回期待してた?」
佐藤の『中』でボクシングを見た時よりも、どっちかというと川藤さんの『中』で獲ってきた額の話をしてた時のような、悪い顔で笑っている。
そっか。武藤さんの親がお金持ち・画廊経営・旅行好きって情報、前振りっちゃ前振りだわな。
美術館なんかも行くのかもしれないし。
「皿は大黒天と比べると『中』持ち出しの市場ではそんなに。
でも振り返ると他にも色々出てくる可能性が」
声がだいぶ弾んでる。現金なもんだ。
俺の質問答えになってないけど、めんどくないコウダに戻ってくれてほっとした。
ボタンを投げる手にも気合入ってるみたいだし。
カランと音が響き渡ったあと何もないのを確認すると、一歩目の自分の足の着地音までさっきよりも軽くなったような。
気のせいなのは分かってる。隣のコウダの溜息が鼻息になっただけだって。
そのコウダは皿の横に来るとしげしげ眺めていた。
盗る気だろうか。
「警報装置とかあったらどうするの?」
「お前には悪いけど、俺の生活のために今回1回捨ててくれ」
はあっ!?
前方確認を捨ててコウダの後頭部に熱視線を向ける。
既にコウダはその手を皿の両端に添えているではないか。
「ちょっ、まっ」
コウダの腕を掴んだ。
コウダの手の中にあった皿は、あわや落下かというところで再びコウダの両腕に収まっていた。
エエっ…
えっ…
いいのか?
だいじょぶなのか?
コウダは既に片手にゲートを出していた。
が。
なにもなし!!
コウダの笑みが深まる。
「あのさ」
「ん?」
ん? がドヤ顔なのもありえない。
「自分だけならともかく、俺も巻き込んでのこういう命懸けトライはやめろよ」
息が止まるかと思った。
コウダは口を半開きにさせて俺をぽかんと見つめている。
ふざけんな。
「振りかえってもっと高く売れそうなものがあったら差し替えしようとか思ってんだろ」
「よくわかってるじゃないか」
言うと歯を出してにやっとする。
多少悪い前歯の歯並びが目障り。毎日俺のを鏡で見てうんざりするのとそっくりの感覚になった。
「ここまで基本トラップ無し、この一個目が大丈夫ってことはだ。
この辺にあるものは本人の思い入れのあるものじゃないってことだ。
そういうものは本人のそばにある。
つまり、ここは本人からも程良く離れてるいい漁場。
仕事しないと」
ほんとかよ。
これまであんなに危ない危ない言ってたのに、ここに来て急に欲の皮突っ張らせやがって。
じとっと睨むものの、効果は薄い。
コウダはさらに俺としっかり目を合わせて、さっきよりしんみりと言った。
「悪いな、俺も生活かかってるんだ。前回取れなかったし」
…コレがあるからヤなんだ大人って。
言い終わったらあからさまにさっさと前を向いたコウダは、その顔を見たくない気分で前を向いた俺とともにそっと一歩踏みだした。