新説 六界探訪譚 7.箱庭の檻ー6

『あら、こんにちは』
『こんにちは』
挨拶だけして脇を通り過ぎる小学校1年入学ほやほやの帰り道。
角を曲がったところだった。
『あれ? 相羽さんとこ同居してた?』
自分の名字が聞こえだし、何となくその場で聞いてしまったのがいけなかった。
『かえってきたんだって』
『かえってきたって…あそこって一人息子じゃなかった?』
『別れたんだって』
『えぇ!』
『あんな小さい子いるのに?』
『奥さんとこに婿養子で入って、お舅さんと合わなかったんだってさ』
『じゃ奥さん、旦那じゃなくて親取ったわけ? うわぁ』
『薄情っていうとあれだけど…なんていうか…ねぇ?』
『だぁ〜って奥さん、跡取りだもん。ほら、あの…あっちの裏のさ、なんてったっけ…そうそう、蓮沼さん。
あの人の縁続きで、どっかの中小企業の社長さんなんだって。蓮沼さんご自慢のご親戚みたいよ』
『なーる。じゃ実家出ないわな』
『でもそもそもさ…あそこんちの息子さん、そういう感じ、なかったじゃない?』
『あーわかるわかる。むかーし何かのとき出てきてたけど、シャチョーって感じじゃないよね』
『なんかこう、ひょろーっとしてて、いっつもぶすっとしてねぇ。挨拶くらいはするけど』
『うち、兄が同級生なのね。「喋んないし何考えてるかわかんない」ってよく言ってたもん』
『にしても子供まで追い出したんだね奥さん。大きな声では言えないけど、すっげー』
『あれ? じゃもしかして今無職で親のスネかじって子育て中? それも』
『『すっげー』』
『やだ、ハモってるし!』
『お爺ちゃんの年金と家かあ。家は純粋に羨ましいわ』
『じじばばは一長一短だもんね〜』
あのとき話の内容はしっかりとは分からなかった。
でもだいたい雰囲気で分かった。
親父と母さんとじいちゃんの悪口だって。
そこから先はもう聞かなかった。
真っ直ぐ家に帰って、部屋にランドセル置いて。
どうした? とじいちゃんに言われたけど、なんでもないと答えた。
なんでもなかった。
怪我したわけでもないし、言われたことに傷ついたって感じでもない。
井戸端会議が大嫌いになったのと。
つるんでワイのワイのとするのが、もともと苦手だったけどますます嫌になったのと。
しゃべるって怖い事なんだと思ったのと。
そのくらいだった。
そういえばこれって武藤さんの凄いところでもあるかもしれない。
あんなに強い言葉を常に投げ続けることができる。
佐藤が俺の時々いう言葉をなんだかんだ言ってたけど、たかだか一言。それもすみっこ属性の俺のだろ?
そんなんより武藤さんのお喋りからの被弾者が絶対多いはず。
弐藤さんがああいうメンタル最強タイプじゃなかったら登校拒否になってても不思議じゃない。
佐藤にしたって、もし弐藤さんが本気で嫌がっていそうだったりしたら、多分よく喋ってる人間として武藤さんをそれなりに止めるんじゃなかろうか。
ああ、武藤さんも佐藤の前ではそんな素振り見せないから、佐藤的にはそこまでと思ってないのか?
どっちみちその関係に関して俺のポジションはあくまで外野。
佐藤曰くの逃げ上手として、人並の罪悪感もありつつ他人事だった。
それが誰かを傷つけることがあるのも分かってる。
でも、俺も俺の身の安全が一番大事だ。
そして一言の威力の大きさとくらべたら無言はちっちゃい。
前からそうだったといえばそうだったけど、佐藤の『中』を見てつくづく佐藤みたいな目立つタイプじゃなくてよかったと思うようになった。
あんな風に能力があって見た目とかいろいろある奴の一言は俺の一言の何倍も威力があるんじゃないだろうか。
一言出すだけで責任重大っていうか。それがトリガーでなんか起ったら、良くも悪くも全部佐藤が、って事になっちゃいそうだ。
一言出さなくたってあいつの存在自体、というより、いろんなことに対して『あいつはそれができる』って事自体がいろんな奴のプレッシャーになってる気もする。
田室と鶴見なんてーー『中』では佳境にでてきたからモブっぽくさらっとしてしまってたけどーーその苦悩は計り知れない。
勝負事なんてなく、勝負すること自体なく、良くも悪くもだらっとまったりしたメンバーで恙無く過すことに長けてる身としては、そういう圧についても外野だった。
自分と誰かの関係性で悩むことそのものがあんまないっていうか。
悩む関係作ってないっていうか作れないっていうか。
なんでほにゃららなんだろう、みたいな、『ほにゃらら』になり得る要素がそこにない。
あえて言うならなんであいつらとつるんでんだろう、になるのか。
でもそれって答えがはっきりしてる。
なんとなく、だ。
そしてそのなんとなくを細かく分析するとなんか出てくるかもしれないけど、やる必要ないよね。
今日常困ってないわけだし。
そういうんじゃない系の『ほにゃらら』ならいっぱいある。
なんで『田中は18禁のエロ本買ってる』んだろう。
なんで『四月一日は佐藤と上手くやれる』んだろう。
なんで『悪口言う』んだろう。
なんで『矢島はあんないつも元気』なんだろう。
なんで『親父離婚したのに母さんと仲いい』んだろう。
なんで『武藤さんはあんなキツイ』んだろう。
なんで『今親父と話すとじいちゃんが死ぬ前と違うと思う』んだろう。
なんで『安藤さんの「じっさいまひろくんのほうが足速いんだから」が忘れられない』んだろう。
なんで『安藤さんの「中」で聞いた曲、吹奏楽部は練習してなさげ』なんだろう。
なんで『エーレッシャさんは魅力的』なんだろう。
なんで『あの日の後オムライスのタイミングがない』んだろう。
こんななんでの連続の中にちょっと前まであったののいくつかは、『中』で解消された。
安藤さんにはバレてた。
佐藤のモテる秘訣は、なにもかもコミュ力含め色んなとこの出来が違うから。
安藤さん×佐藤のカップリングはなさそう。
大人だなーとか思ってた二人共、それなりに楽しんだり中二だったりイライラしたりしてるっぽい。
コウダを介して裏口から入ったのはそうだけど、口頭で聞けない身としてはいい方法でスッキリした。
向こうも俺と喋る必要性ないし、あったとしても別に喋りたかないだろうし。
利害の一致? 違うな。
ウィンウィン? うーん。
まあいいか。
どっちかというと、安藤さんの『中』でかかってたあのBGMのタイトルが気になる。
調べる気まではないぞ。あくまで分かったら、だ。
そしてそれ以上に重大なのは。
いつになったらTHE☆オムライスの機会に再び巡り逢えるのかということ。
今日も鶏肉全般高かった。隣に並んでた豚挽肉が買いだったからかなぁ。
あのとき以降タイミングがないという。
やっぱツキを佐藤の『中』などなどのタイミングで全部使っちゃってるのか?
…だめだめ。
明日決行日だし、雑念はもう払っておこう。
佐藤の『中』では安藤さんの『中』でよりもマシにやれたと思う。
今度の『中』もあの調子で行けるようにしたいから、今日は早く寝る。
でその前に、今晩は挽肉・卵・インゲンで三色丼。
まずこれを味わおうじゃないか。
うん。そうしよう。