田中の出席番号って何番だっけ。
大体の数字を数える。
多分この辺、と思う2つ。
上向きに開く形式の下駄箱の蓋。そのつまみに触れる。
両手の指先に力を入れ、勢いよく手前に引いた。
田中の前は瀬古、後ろは田室。二人とも細身で小柄だ。
上下二つのうち、一方のスリッパに目をつける。
底のウレタンのへこみ方が多め。
こっちかな。
ふたをいったん降ろし、容疑者でないほう――たぶん瀬古の――をしっかりと閉じる。
そして下の段のつまみを改めて。今度は、ゆっくりと。
禁断の扉は錆をパラリと落としながら腕の動きに合わせて上向きに開いていく。
が、そこにあるのはスリッパだけだった。
下の段にスリッパ、真ん中に金属の網目。
あのクラフト封筒はない。
間違えたか? 何かないか。
田中の思われる下駄箱の輪郭全体をくるっと見回した。
…なんだこれ。
左上の端に何かが飛び出ている。
笑みがこぼれそうになるのを抑え、田中と同じように後ろ、左右を確認する。
誰もいない。
しゃがみ込んで上を見る。
ボール紙。
灰色のそれは下駄箱の上、金属がえぐれたところに挟まっている。
左端だけちょっと飛び出ていたために見えてしまったようだ。
大きさは下駄箱の天井とぴったり一致している。
つまり二重天井。
腰よりも下にあるこの下駄箱なら、立った状態だと上部分が完全に死角になる。
下の段のやつほど朝も帰りも人の邪魔にならないように、さっと靴だけ持ってすぐに立ち去るのが常だ。
そもそも大抵のやつは他人の下駄箱の中身なんてしげしげ見ないしな。
じゃあ、例のブツは、ここに?
ん~でも不用意に外すわけにも。どうするか。
…よし。
意を決してそっとそのボール紙を上に押した。
何かある。厚みのある何かが。指を滑らす。端のあたりに段差を感じるような?
多分、いや。
これ以上はやめたほうが。
でも。
考えのふらつきとは逆に、体は後ろと左右をもう一度確認していた。
誰もいない。
改めて視界に下駄箱を入れる。
葛藤と、脳裏に浮かんでは消えしていた言葉たちは消えた。
ボール紙の端を少しだけゆがませる。
分厚い。ボール紙の厚さじゃない。
にもかかわらず、紙の端は思っていたよりも楽に曲がった。
それはそうなるように付けられた折り痕が紙にあったからに他ならない。
裏側は段ボール。しかも針金補強付き。雑誌ぐらいのせても問題なさそうな強度になっている。
ふたの端にさっき感じた段差は段ボールよりボール紙が一回り大きくはみ出ていた部分で、中身とは無関係だった。
でも、中身は確信していいだろう。
風紀担当の先生の代わりになったような気分で、パンドラの箱の蓋を開けた。
現れたのは。
見慣れた良い笑顔の擬人化猫・ネズミ・ペンギンの表紙。
英語の副教材のワークブック。
えー…。
さっきまでの威勢がしゅるしゅると萎えていく。
いやぁ、またまたぁそんなぁ~。裏があるんでしょ、まだ。
改めてそっとボール紙を押した。
本当の天井に当たって止まった時の厚みはワークブックの分だけ。
どう考えてもその一冊しか入っていなかった。
手早くボール紙をもとに戻し、下駄箱の蓋を下ろす。
力を入れて押すと、がちゃんと閉まる音がした。
帰ろう。
振り返ると職員室の前に風紀主担当の先生が立っている。
もしかして俺さっきの田中状態になってないか。
国語教師でチビで眼鏡。通称チビメは、ドアに立ち止まって職員室内の誰かと話しているようだ。
アウト? セーフ?
先生はタイトスカートから覗く足を前後に動かして、頭・ウエスト・足首でひし形を描くシルエットそのままに職員室から、そして同じく俺から遠ざかっていく。
多分セーフ。
あの先生のことだ。もし見ていたとするとこっちに歩いて来ただろう。
すごい厳しいというわけじゃないけど、現行犯は逃がさない。
よかった。
ちなみに副担当のホームベース――顔の形が。しかも体育担当――だとすごい厳しいので、踏んだら一発でスリーアウトと言われている。
6限に続いて今日はツいてるな俺。
しかし謎は謎のまま。
校門を出ても大通りに出ても頭の中には葛藤に変わって『なぜ』の二文字だらけ。
あの封筒は?
予想ではエロ本――今朝買ってコンビニの袋から詰め替えた――なんだけど、違うのか?
それに英語って結構な頻度であるから、ワークブックあそこに置いてくと結構面倒だ。
ロッカーに置いといたほうがいいのに。
鍵もかかるし。うん。
確かに持ち物検査が入ったりしたらロッカーは開けて見られる。
英語のワークブックは家に持って帰れ令出てるから見つかるとねちっと小言言われる。
でもその程度。
割とみんな懲りずにやってるよな。
エロ本とかゲームみたいに学校生活に不要なわけじゃない。授業で使う立派な教材だ。
わざわざ持ち物検査が入らない下駄箱に隠す必要あるか?
めんどくさいばっかりじゃないか。
フラワーアンジーをぼんやりと通り過ぎる。
やっぱ、すっきりしない。
そうだよな。あんな精巧な二重天井まで作るほどのもんじゃない。
盗むやつなんていないし。
何なら網の上に直置きでもあのワークブックならダイジョブな気がする。
ちょっとした仮説を思い立ったのは、もやもやしながら家の前の小道に入ったときだ。
まて。整理してみよう。