新説 六界探訪譚 4.第二界ー2

コウダの顔をチラ見すると、また唇をかんでいる。
「どういうのだ」
二人して沈黙。歩みも止まる。
あと5歩くらいで中庭の前に出るというところ。
小学校の帰り道のうろ覚えをたどっていく。確か、
「悪いやつをばっさばっさ刀で切り捨ててやっつけてくやつ」
コウダが大きく息をのむ。
「それについて彼女の感想は?」
「大抵途中からしか見ないけど悪党がやられてくとこはマジでスカッとするって。そうい」
言いかけたところでコウダの左手が俺の右肩を軽くつかむ。
「っ…続けて」
「そういえば、俺もあのころ掃除さぼってしばかれたことあるなぁ、と」
右肩の手に一気に力が入った。
痛い。
「お前な、それ『まじめ』じゃないだろ。
『正義感が強くてかっとなると手が出るタイプ』っていうんだそれにな」
右側から地を這うような声がする。
なぜだか脳裏に浮かぶのはコウダの顔ではなく、般若顔の親父だ。
国語力なくてごめん。いや国語力もなくてごめん。
コウダの言葉が続くかと思ったが、無言になった。
「進もう」
止まっていた歩みを再開したほうがよいと思ったようだ。
ここが安全な場所か確認したいのだろう。
裏を返せば悪いやつとみなされたらばっさばっさと切り捨てられるかもしれないということ。
とするとさっきのあの引き戸を開けたのは。
感じた寒気が再びやってくる。
風邪だと思いたい。
多分時代劇なんて見たことないよな最近の子は、と付け足すコウダの声が自嘲気味なのは事前に聞き出せなかったことを後悔しているのだろうか。
その時の気分も影響するとか言っていたけど、猫とじゃれる安藤さんがそんなスカッとしたいほどいらだっているようには見えなかった。
大丈夫なんじゃないか? 建物だけじゃないか?
一歩進むごとに一言ずつ自分に言い聞かせるも体は正直だ。
わき汗がすごい。
あと3歩で中庭に面したところまで出る。
あと2歩。
あと1歩。
明るい。
月は雲の間からちらちらとのぞいている。
目の前は開けている。
ピンクの花園。
7割ほどが花で埋まっており、残りはデカい飛び石がいくつかあるだけ。
すべて同じ花のようだ。
バラかな?
でもよく写真なんかで出てくるバラとあんまり似ていない。
丸っこくて、花びらがぎゅっと凝縮されたように詰まっている。
左斜め向こうは外に通じているようだ。
「…っていってやがっ…」
今来た方向からぼそぼそと話し声がする。
さっきは静かだったのに。
斜向かいの縁側の奥。
うっすら明るい障子の向こうで人影が動いている。
男の声だ。
コウダも俺もじっとして、拾える言葉を必死で拾う。
「…あさののこしぬけどもがくるわけねー…」
「…ぇてらぁな」
また静けさが戻った。
あかりも消えた。
空の月はほとんど隠れ、黒い雲ばかりだ。
雪が降りだした。
急に本降りになって白い粒が花園にぱらぱらと落ちていく。
でん
でん
で~ん
でん
でん
で~ん
太鼓の音がする。
でん
でん
で~ん
「なあ」
コウダはまたさっき緩んできていた俺の肩に再び左手を置いて力を入れている。
ゆっくりと、おそらく俺に聞き違えられないように気を付けてコウダは言った。
「こっちには、『忠臣蔵』って話、あるか」
「うん」
「どんな話だ」
時代劇なんか普段は見ない俺でも、さすがに年末になると毎年やっているからあらすじだけは知っている。
「確か殺された主の仇討に行くやつ」
コウダは同じか、と言ってさらに言葉を続けた。
「何人でだ」
「そりゃ三十六人だよ」
コウダが俺の肩から手を離し、悪態をついて頭をばりかいている。
寒くもないのに花園の上に積もりだした雪は重たげだ。
「十一人しか違わないんじゃ元と大差ないなくそったれ」
三十六人?
ちゃりっ
ざざっざっ
音がする。
太鼓の音じゃない。
ざっざざっざっ
大勢の人の足音が。
ちゃりちゃりっちゃりちゃりっ
ざっざざっざっざざっざっざっざっざざっ
さっきまで外に通じると確認していた方向からどんどん近くなる。
そして足音に合わせてたくさんの金属がこすれ合う音がはっきりわかるようになると、コウダが俺の肩を軽く押した。
「向こうに襖がある。一か八か入るぞ。急げ」
もう左右確認してそろそろっと歩いている場合ではない。
ダッシュで襖が近づく。
足音に混ざってうっすらまったく別のBGMが聞こえてきた。
足音や太鼓の音ではなく、吹奏楽部が演奏しているみたいな曲だ。
こんな時に幻聴まで聞こえ出すとは。
リズミカルで明るくてそれでいて怪しげなメロディは、遠くのほうから俺の焦りを後押しする。
もう少し。あと少し。
ざざざざざざざざざざざざざっ
転がり込む。音はもうすぐそばだ。
部屋には誰もいない。
だがコウダはすぐさま出口かさらに隠れる場所を探しているようだ。
今入ってきたほうに振り返る。
床に近い柱と襖の間に多少隙間がある。
「コウダ、隙間から見とく」
言ってしゃがみ込むと、襖におでこをひっつけて瞼に入り込む薄明りに目を凝らした。