新説 六界探訪譚 4.第二界ー1

小道を出ると、斜向かいに猫スポットに至る道が見える。
あの突き当りの角の手前。左手には墓地。右手にはお寺。
お寺の敷地を囲う壁は瓦と漆喰を重ねたもので、文化財と書かれたプレートがくっついている。
いつも通りだと、あのあたりにいるはず。
猫スポットへの道の入り口に立つ。
よかった。予定通りいる。
こそっとコウダに耳打ちする。
「この後の手はず、俺何にも考えてないんだけど」
「アンドウさんの3メートルくらい手前で止まれ。俺だけ進む」
二人して小道に進んでいく。
道の端っこにしゃがみこみ、周りに目もくれず猫を撫でまわす安藤さんが見える。
風でセミロングの髪の毛はぼさぼさだ。
コウダが手で俺を制した。だいたい3メートル手前。
足を止め、コウダが進む。
さすがプロ。足音がしない。
にゃーんと猫が鳴くと、安藤さんは一層嬉しそうな顔になった。
コウダは安藤さんの真後ろで止まると、いつの間にスタンバイしたのかゲートを貼り付けだす。
俺の腰あたりの高さ、垂直よりもだいぶ斜めに浮かんでぴったりと止まった。
貼れたところで手招きされると、足音をできるだけ立てないように大股気味で進む。
多少は歩いている音がするものの、まあこれなら通行人レベルと思いたい。
じゃりじゃりっ
砂が地面のへこみにたまっていたらしい。ピンポイントで踏んだ。
猫が一瞬こっちを向いて止まる。
「どした?」
やさしい言葉の直後、安藤さんが軽くこっちのほうに首を動かしだした。
げっ!
にゃーん
安藤さんが猫に顔を戻す。
猫は安藤さんのほうを向いて、またその手になされるがままになっているようだ。
「そっか。にゃーんかぁ~」
安藤さんは振り返らない。
猫にまっしぐらのご様子。嬉しそうな声がする。
ほっとしたけどなんかちょっとだけ嫌な気分。
気持ち的にも成功のためにも安藤さんではなくコウダのほうを向いて歩く。
コウダの横に来ると、すでに入口が開いていて、コウダすでにゲートの『中』に入りだしていた。
ちょうど上半身だけいきなり空中から生えたようになっていて、その三角形の枠の奥は少し暗い。
コウダの足元に茶色い何かが見える。
フローリングか?
コウダの頭は俺が来たのを確認するや、しゃがんで完全に『中』に沈んだ。
左右確認した後首はそのままで手招きする。
俺も枠に手をかけ、ジッパーの金属のギザギザを手の平で感じながらさらに穴に右足をかける。
左足もかけると、一方ずつおろし、そっと足がつくのを確認。
顔のあたりは風でゴミが目に入る。
でも下半身は無風状態。
一体どうなっているのだろう。
俺がしゃがんで完全に穴の中に入る。
「前見とけ」
言われるがまま前を見ると薄暗い。
磨き上げられた木材の床と漆喰の壁。
寒くも暑くもない。
コウダは立ち上がった。
ジッパーを閉める音がする。
ゲートから入っていた光がなくなり、薄暗さはとうとう本物になった。
コウダはしゃがむと俺の手首に紐をしばりつけて、立って、と耳打ちする。
言われるがまま立ち上がると、二人横目でちらっとだけ見合わせて息をついた。
まずは、第一関門突破。
周りに人はいない。静まり返っている。
屋内みたいだけど電気あるか?
右のほうにゆっくりと頭を動かす。
ほんの一歩先からほんのり光が入っている。
月明りのようだ。 てことは夜?
川藤さんの時は分かりやすく宵中霊園だったけど、そこじゃないのだけは確かだ。
向こうには縁側だろうか。
せり出した長い廊下が同じように長細い庭のような屋外に面しているのが見える。
塀があるから、庭を含めたこの建物は塀に囲まれているのだろう。
塀はさっき見ていた文化財そっくりだった。
コウダは左側を見ていたようだ。顔を俺の耳元に寄せてきた。
「左は中庭みたいだ」
「右は外に面した長い廊下」
「じゃ右だな。出口があったら外に出たいし、中を見るにしても外に通じるところを確認したい」
コウダはそっと歩き出そうとした俺を制した。
前に出る。
「俺が先に進んでみる。お前はそっちを見ておけ」
外に出る箇所はL字に分かれ、一方はお屋敷内への通路になっていたようだ。
コウダは左側に開けた通路を見た。
誰もいないようで、そのまま右。
こちらは特に異変無し。
コウダのほうも見ると、右手を垂直に右のほうに添えている。
今いるところと同じように右は壁のようだ。
外に面した廊下に一歩足を進める姿が見える。
そして体重を乗せた時。
きゅキュきゅきキキゅきぃぃ
こすれるような音が静まり返ったあたりに響き渡る。
何の音だろう。
金属? 聞いたことないなこんなの。
すぐさま足を戻して左側の通路を確認して下がってきた。
コウダにぶつからないように一歩下がる。
やはり視界に人影はない。
またふたたび静まり返って音もない。
あの耳障りにきしむようなのは何の音だったのか。
見るとコウダが唇をかんでいる。
さっきの音、なにか知ってるのか?
「あれなに?」
コウダは吐息に混ぜて言葉を吐いた。
「たぶん鴬張り」
「なにそれ」
「昔の泥棒除け。踏むと音が出る。ニジョウ城とかにある」
「ニジョウ城?」
「江戸時代の城」
じゃここは城なのか?
「立ち上がって左に少しいざろう」
ずざざざっ
さっきコウダが踏み出そうとしていた右の廊下のほう。引き戸が開く音だ。
二人して止まる。
向こうに誰か、いる。
右の廊下に面した庭の草むらがガサガサした。
ぴょんと飛び出して向こうに走っていったのは、さっきまで安藤さんが撫でまわしていた『くつした』とよく似た柄の猫。
再び戸が閉まる音がする。
ありがとう『くつした』。毛嫌いしてごめんよ『くつした』。
安堵して忍び足でカニ歩きする。
この辺の床は大丈夫そうだ。
横移動しながら小声でコウダがつぶやく。
「アンドウさんって歴女?」
「いや」
そんな話聞いたことない。
じりじり横に移動しながら、脳裏で細い糸をたどる。
俺が知らないだけかなぁ。
小学生だったし、あのころは歴史の話なんてしたことなかった。
していたのはアニメとかテレビとかの話。
『帰るとおじいちゃんがテレビ見てて。
まあいつもなんだけどね。
でも、だから、アニメ見れなくって。
それ終わったらわたしね、って言って、とりあえずついてるのを最後らへんだけ…』
寒気がした。
「学校から帰って爺と一緒に時代劇見たりするって言ってた」