新説 六界探訪譚 2.第一界ー9

 上野公園の池の手前まで来たところで、木陰に座れそうなところを見つけ、そのまましゃがみ込んだ。
「で、ここまでのとこついてこれてるか」
 今聞いた話を数秒かけて頭の中で言葉にしてみる。
「『こっち』は、今俺がいる世界、『中』は、この間見たみたいな、人の内面世界、で、コウダ…」
「呼び捨てでいい」
 こちらを見もせず、無表情に池の水面を見ているようだが、怒っているわけでは全くないのは感じ取れた。
 淡々としている。けどコウダとはなんとなく話しやすい。
 テンポが近いというか、波長が合うというか。
 話を切り出すタイミングがわかる。
「コウダがいる世界は『あっち』」
「そう。俺も『あっち』『こっち』以外呼び方を知らないんだ。
 『あっち』と『こっち』はかなり似ている。地図・地名・地形・歴史・価値観なんかも、≒(ニア・イコール)だ。
 名前だけで話が結構違うこともあるが少数派。
 『あっち』では、ここはウエノ公園。ニヤホリはニッポリだ。山手線は同じ」
「もしかして『コルダ』じゃなかったのは『あっち』では『コウダ』だから?」
 コウダは頷いた。
 読み間違いの謎が解けて一つすっきりした。確かに紛らわしい。
 そしてコウダという名前が偽名だということも確実になった。これについてはますますすっきりしない。
「全く違うものもあるの?」
「なくはないはずだが俺は興味ない。俺が興味があるのは『中』にある『あっち』で売れそうなものだけ」
「どんなのが売れるの?」
「美術品になりそうなものだ。
 『中』から持ち出したものっていう美術品ジャンルがある。
 出したものはプラスチック状に硬化して動かなくなる。
 珍しい植物、懐かしいおもちゃ。
 『あっち』で芸術家として評価されている人の異界人の作品もありだ」
「異界人って?」
「平行異世界にいる同じ人のことだ」
「じゃあもしかして、俺は『あっち』にもいる?」
「…いないこともまれにあるが、まあ、基本そうだ。
 話戻すぞ。
 俺の仕事は、善く言えばトレジャーハンターだ。
 『こっち』に来て、『こっち』にいる人の中に入って、値打ちがありそうなものをとってくること。
 さっき話した作品で言えば、『あっち』の作家の作風と近ければ近いほどよしとされる」
「なんにせよ持ってきたものを売るわけね」
「なんでもってわけじゃない。
 精密機器類はどんなに高度な機能でもだめだ。
 素材が変わってしまうから、動かなくなる。仕組みもあとから読み解けない。
 動物や人間もアウト。科学標本であっても倫理規定違反で後ろに手が回る」
 急に大人の悪い顔で笑いだした。
「この前の拝殿額は文字が違うだけで向こうとほぼ同じ作家の字面だったからなぁ。
 カワトウさんが地元を愛する人で本当に良かった」
 よほど高値で売れたのだろう。
 善く言えばトレジャーハンター、悪く言えば泥棒なんだということがよくわかる。
「で、ここからが本題だ」
 急に座りなおして体ごとこちらを向いた。
「人が『中』に入るには、道具と訓練、それに慣らし運転が必要だ。
 道具はこの前見たあのジッパー。単にゲートと呼ばれている。
 訓練ていうのは、道具の使い方の練習を練習台にできるような場所で行うこと。
 慣らし運転は、二か月半程度の間に、3人前後の『中』に入って出るを繰り返すことだ。付き添い付きでな。
 この慣らし運転が一番大事なんだが、お前はこの前、慣らし運転をせずにいきなり俺と『中』に入ったろう」
「まあ、行きがかり上…」
 お説教やら何やらでむしゃくしゃしていて、なんでもいいからちょっとだけ暴れたかったのはあるけど。
「それがまずいんだ。
 まず俺的には免停くらう。ゲートは利用に免許がいる。
 初心者の場合仮免を申請して、慣らし運転には付き添い人も申請がいる。
 お前は『こっち』の人間だから当然なにもしてないだろ」
 当たり前だ。そんな仕事ないんだから。
「黙ってりゃいいじゃん」
「今時のゲートには通過人数を記録する装置がついている。
 真ん中の赤いボタンの裏っ側にな。
 ゲートは定期的に提出して点検が入る。その時にばれる。
 通常は無免許侵入の幇助でそいつの慣らし運転終了後仕事が5年できなくなる。生活できん。
 が、まだいい俺は」
 コウダは息を大げさにため息をついた。唇を少し間で、俺を正面切って見れないような顔をしている。
 とうとうここまで来てしまったか。
 ただ、消えるというような話はしていたけど、実際には影が薄くなっただけ。
 そこまでビビる話だろうか。
 花びらは小さいから消えたとか。そう思いたい。
 俺が急に消えたらきっと行方不明者としてご町内と学校の噂になるのだろう。
 親父とか母さんとか心配するかなぁ。
 じわじわ消えたら?
 ニュースになるだろう。世紀の大発見。
 クラスの影が薄い人を脱却して、影が濃い人になるわけか。
 職務を全うした警察官の殉職二階級特進とは違う。
 ネットニュースと動画サイトとワイドショーで取り上げられて忘れられる怪しげな一発屋のネタ野郎としてだ。
 あれ、でも確か『中』で『初めからいなかったことになる』って言ってたような。
 なんにせよもったいぶらずに早くいってほしい。
「結局中に置き去りにされるより時間的な猶予があるだけだ。
 今はまだ影が薄くなるだけで済んでるが、このままほっとくとお前自身の体も薄くなる。
 体だけじゃない。
 『こっち』でのお前の存在そのものが消えて、初めからいなかったことになる。
 いい話を探してみたんだが、ちょっとは時間があるということと、うっかり消えたとしても誰もお前のことを覚えていないから親しい人も含めてみんな悲しまないで済むということ以外見つからなかった」