「僕。ケイトク・トウジキです。分かりますか?」
ケイトクは、諦めたほうがいいかもしれない、と思った。当主デミアンは、もう狂いきっている。
「そんなことはわかっとる!」
ケイトクは目を見開いた。
「では、後ろにいるのが誰かも、わかってますか?」
「知らん!」
その通りだ。ゼタとデミアンの面識はないはずだ。ということは、狂っているわけではないのかも。
「あなたはどうしてそんなにもおびえているのですか?」
「悪魔に憑かれておるんじゃ!」
「あなたは僕に国王をやめてもらいたいですか」
デミアンはただ震えていた。
「この少年兵に見覚えは?」
ケイトクは、噂の出所となった少年兵の似顔絵を出した。デミアンは目を泳がせた。
「僕とある少年兵が出来ているって、噂、知ってますか」
「悪魔が…」
「あなたが流したのですか?」
デミアンはドアのほうへ走ったが、ゼタが取り押さえるのが先だった。
ケイトクはデミアンのそばへ寄って、もう一度繰り返した。
「あなたが、噂を、流したのですか?」
デミアンはゆっくりとうなずいた。
「悪魔に…悪魔がわしに囁いたんじゃ。わしが、わしがやった…。わしは…」
デミアンは床に力なく座り込んだ。
──―――何かが、おかしい。
「悪魔とは、何ですか?」
「それは……それは…、あ、あ、あああああああああああああああ!」
デミアンは部屋の隅に走り、小さくうずくまった。なにかぶつぶつ言っていた。
──―――もう、これ以上は無理だな。
ケイトクは立ち上がり、ドアを開けた。
「ああああ、青い悪魔がわしを、わしを破滅させるぅううぅうう!」
ケイトクと、ゼタは振り返り、そして、今度こそ部屋を後にした。
階下へ降りると、先ほどのメイドが立っていた。
「きみに一つ、聞きたいんだけど、いいか?」
ゼタが言った。
「デミアン氏がああなったのは、いつ頃か、わかるか?」
メイドは静かに答える。
「…一月いえ、二、三週間前でしたか…。あ、確かケイトク陛下が少年兵と付き合っているとかいう噂が流れた前後でございました。テレイア様…、デミアン様のご子息が、旅行に出られてすぐです」
ケイトクとゼタは顔を見合わせた。
「ありがとう。じゃ、これで失礼するわ。悪かったな。急に来ちまって」
メイドは、そんなことはございません、と一言した。
門を出て、王宮にこっそりと戻ってから、二人は話合った。
「僕はジルの言ったとおり、息子かなって思った」
ケイトクは率直に言った。あの状態で、策略云々が出来るはずがない。それに、症状の発症時期もおかしい。
「私も同感です」
ゼタが苦い顔をした。
「ただ、あの自白が頷けません。それに、あの『青い悪魔』とかいうせりふも気になります」
それはケイトクも同じだった。悪魔悪魔というから、てっきり何か厳格でも見ているのかとも思ったのだが、最後の『青い悪魔』と言ったときのデミアンの表情は、少し違っていた気がする。
「もしかしたら息子以外にも、黒幕がいるのかもね」
ゼタは思いっきりうんざりした顔をしていた。
「…引き続き調査しますよ」