今日こそは聞き出してやる。
箒のこと、モップのこと、ドルのことなどなど。聞きたいことは山ほどあるのだ。
そう意気込んだのは、一週間たってから。
この私が一週間ものんべんだらりと過ごしてしまったことがそもそも可笑しなことだ。そろそろ名誉挽回しなければならない。私は、デイジーなのだから。
ここ一週間は、あの教科書を渡されて完読することで終ってしまった。しかも、内容についてドルは一言も口を開かなかった。
実につまらなかった。あの教科書は、いわゆる古文の文法書だったから。
「失礼します」
「こんにちは、ドル」
「さて、今日は何をしようか?」
私は立ち上がった。
「偶にはこっちから質問させてもらうっていうのはどおよ」
ドルが驚きもせず、実にあっさり『うん、いいよ』とのたまったので、こっちが拍子抜けしてしまった。
「え? ホントに?」
「いや、さすがに文法書一冊読めば飽きるでしょ。もうそろそろ引き伸ばすのも限界かなーと思ってたし。二日目の時点では、もっと早く音を上げるかなと思ってたんだけど、結構頑張ったね」
ドルはえらいえらいと言いながら、私の頭をなでた。
──―――なんだか馬鹿にされてない?
私が口を開きかけたとき、ドルは私の勉強机に腰掛けた。
「ちょっと! 机に座らないでよ」
「で、何が聞きたいの? 三つまでならいいよ」
ドルは私の忠告など全く耳に入れようとしない。
心の中で、ランプの魔人かお前は! とツッコミを入れたが、口に出すとまたからかわれそうなのでやめた。
「一つ目。隠し部屋にあった箒のこと。あなた何を知っているの? アレってそんなにすごいものなの? 二つ目。あなた、モップにのって空飛んでたでしょ。あれ、何? 三つ目。あなた何者? はっきり言って胡散臭いんだけど」
大きく息を吸い込んで吐き出した。
ドルはくっくっと笑いを堪える。
「なによ」
「いや、本当に分かりやすいな~と思って」
そんなことを言われたのは初めてだった。憮然とした私を見て、ドルは、今度は笑いを隠さなかった。
「分かった分かった。教えてあげるよ」
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先ず一つ目。君の隠し部屋にあった箒のこと。アレは、魔法の箒なの。一部の魔法グッズコレクターたちが血眼になって探している、通称『狐尾(こび)』。
なんでそんなに価値があるかっていうと、意志があるから。喋りはしないけど、持ち主を選ぶ上に、気分次第で動いたり動かなかったりする。それどころか、逃げ出すこともあるらしい。
でも、実在はここ何百年か確認されていない。だから、コレクターの大半は、存在しないと思っている。
存在が確認できない理由は、魔力波動がないから。普通、どんな魔道具でも、僅かな魔力波動があるはずなんだ。
多分、エネルギー切れの状態で放置されていたのに、君が何かしたことでエネルギーが吹き込まれたんだろう。それで、この屋敷を飛び出して、旅行に出かけたわけ。
そもそもこの街自体、魔道具が見つかりにくいんだ。ほら、貿易街だろう? 海外から持ち込まれる魔道具やら魔法使い自身やらの魔力波動のほうが強くて、まざってわからなくなったんだと思う。
二つ目。モップに乗ってたのは本当。あのモップは僕の家に伝わる魔道具『白髭(しろひげ)』。あの日は久々に散歩してたの。たまに使わないと、魔道具って傷むからね。
三つ目。僕はドル・コルウィジェ。君の家庭教師。
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「それだけ?」
ドルはあっけらかんとしていた。
「全部答えたよ」
「でも三つ目のは答えたことにならないわ」
ドルは押し黙って、ほんの一瞬目を伏せたかと思うと、すぐにこちらをじっと見つめた。
「デイジー」
ドルは立ち上がって、ゆっくりと、ベッドに腰掛けて話を聞いていた私のほうへと近づいた。
もしかしたら、私は聞いてはいけないことを聞いてしまったのかもしれない。
ドルにだって、言いたくないことはあるのだ。それを刺激してしまったのかも。
「ご、ごめん。んと…聞きすぎだよね」
私は見上げてドルの表情を見た。ドルは表情ごとぴたっと止まった。
そしてすぐににんまりしたかと思うと、いいよと言って、また私の頭をなでた。
どうやら私の勘が当たっていたみたい。
「じゃ、その代わりに僕の質問にも答えてくれるかな?」
「え?」
「君の胸、発育が足りないみたいだけど、栄養足りてる?」
私はベッドの枕をドルに投げつけた。