昼と夜のデイジー(旧版) 6

「…うさま」
「んん…」
「ああ、よかった。目が覚めたみたい」
 メイド長が私の顔を覗き見ている。場所は相変らず私の部屋。
「一体どうなさったのです? コルウィジェさんの顔を見るなり倒れるなんて」
「ちょっと疲れてたみたいなの。どうってことないから」
 私は自分が大うそつきであると知っている。
「あの方はどちらへ? 私、とっても失礼なことし…」
 その人はメイド長の後ろから、すいっと現れた。
「ドルで結構ですよ、お嬢様」
 改めてみると、彼は私とそんなに歳が離れているようには見えない。もしかしたら年下かもしれないぐらいだ。でも、家庭教師をやるというわけだから、そんなはずはない。
 そして、男のなかでは女顔で、分類するならば優男に入る。
「あっと…先ほどはその…ほんとにごめんなさい」
「いえ、こちらこそ。お嬢様がお疲れだとわかっていながら、こちらの都合で無理を。ゆっくりしてください」
 あんたがいる以上、そんなわけにはいかない。聞きたいことは山積みなんだから。
 でも、実際にこうして面と向かってみると、何を言っていいのかわからない。とりあえず礼儀だけはしっかりしているので、家庭教師としては上々だろう。ありがたくないことに。
「では、今日はこれで」
 彼はいなくなった。
 そして後日現れたとき、このときの私の考えは、大きく裏切られることになる。
 
 
 
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 もうすっかり風邪も治った。
 相変わらす父も母も無関心で、召使たちも無関心で、いたずら心も全く湧かない今日この頃。
 つまり、家庭教師が再訪したその日。
「失礼します」
「あ…おひさしぶりです」
 ぼけーっと窓の外を眺めていた私は、一応驚いたふりをして彼に目を向けた。
「じゃあセンセ、よろしくお願いします」
 メイド長はいなくなり、部屋には彼と私の二人だけ。
「あの…」
 私は話し掛けようとした。が。
「で、ぶっちゃけ僕としては、やる気あんまないんだよね」
「は?」
 彼はネクタイを適当に緩めた。
「やっぱこれ、疲れるねぇ」
「え?」
 彼は先ほどまでの恭しい紳士ではなかった。
「でね、僕は君に聞きたいことがあってここにいるわけ。何せ結構ここガード固いみたいでさ。入るのにも苦労したんだよ、本当に」
「あなた、一体…」
「カテイキョウシ」
 唖然として私は彼を凝視した。
「だったら、ここにはいないよね」
 にっこり。その笑顔は、何も知らない人が見ればごくごく爽やかに見えたのかもしれない。でも、もう私にはそういう見方はできない。
「君、魔法の箒、持ってたでしょ。今あれのせいでとっても困ってるんだよね。どうにかしてくんない? っていうかどうにかしろ」
「ま、ほうの、ほうき、」
「そ」
 一歩づつ、ゆっくりと、彼は私のところに近づいてくる。
──―――そんなの、しらな…
 いや、知っている。魔法の箒かは判らないが、最近なくなった箒ならば。
 まさか。でも。
「あああ、あの」
「ん?」
 もう一度彼がその笑顔を向けたときには、彼の顔は私の顔から大体五十センチほどの所にあった。
「魔法の箒、なの? あれ」
 彼の顔は私の顔から二十センチの所でピタリと静止した。
 そして。
「しらないのか? もしかして」
「もしかしなくても、しらない…よ?」